2013-04-07

「官僚的」が悪いとき、実は悪くないとき

帰国後、いろんな人や組織と対話/協議/交渉/喧嘩したなかで、「うーん、こいつは官僚的だなぁ」「こいつは官僚的でなくてやりやすい」等、「官僚的か否か」みたいな観点で相手を見ることが多かったので、自分なりに官僚らしさ(?)を整理してみる:



(1) 意見を述べるとき:組織を考慮する人は官僚的、しない人は非官僚的

・組織vs組織の交渉のような場面で、軽率に私見を言って相手を混乱させたりしないような人は、官僚的で好ましい人。
・個人vs個人のカジュアルな会話であるにもかかわらず、所属先を考慮しすぎて自分の言葉で話せない人は、官僚的で好ましくない人。
・組織vs組織の交渉のような場面で、軽率に意見を言って場を混乱させるような人は、官僚らしさに欠け、好ましくない。
・個人vs個人のカジュアルな会話において、所属先の立場などに過度にとらわれず、自分の言葉でものを語れる人は、官僚的に過ぎず好ましいと言える。

(2) どこを見ているか:所属先に配慮できるのは官僚的、できないのは非官僚的

・組織間の交渉において、自身の所属先の都合を理解しつつも、相手目線で話をできる人は、官僚的で好ましい人
・組織間交渉において、自身の所属先の都合を基準に理屈を組み立てる人は、官僚的で好ましくない人
・組織間交渉において、自身の所属先の都合を顧みず、その場で適当に相手に合わせて譲歩してしまうような人は、官僚らしさに欠け、かつ好ましくない。
なお、この視点においては、非官僚的で好ましい人というのはあまり想定されない。

(3) 新しいもの・異物への反応:取り込もうというするのは官僚的、あるがまま受けいれようとするのは非官僚的


(4) スタンドプレーによる成功を好ましくないものと考えるのは官僚的、好ましいと考えるのは非官僚的

・才能ある個人のスタンドプレーにより何か成功が得られた場合、それを「組織としての再現性に欠ける」と考え、文書化したりルーティンに織り込もうと試みて散発的な成功を「勝ちパターン」に昇華させようという態度は官僚的
・才能ある個人のスタンドプレーにより何か成功が得られた場合、それを単純に勝算するような態度は非官僚的

思うに、官僚的でも望ましい性質はあると思うし、官僚的でないことが必ずしも望ましい性質であるとも思われない。官僚的でも好ましい人に対しては「しっかりしているな」と思うし、官僚的で好ましくない人に対しては「Bureaucraticだなぁ」と落胆する。なんというか、少なくとも官僚的=悪ではないということは最低限言えるのかもしれない。とりとめないけど。。