2018-01-20

SHOE DOGは最高のMBA教科書(1)

この週末、気まぐれに本屋でナイキ創業者による自伝であるSHOE DOG(リンク)を読んでみた。

普段はできるだけ本は衝動買いしないようにしているのだが、少し立ち読みしただけであっというまに引き込まれてしまい、週末すっかりこの本に時間を奪われてしまった。

まずは創業者Knight氏の情熱やここまでの挑戦に感情が揺さぶられるのだが、その後一歩引いて本を読み返してみると、この本がビジネスの本としてあまりに役に立つことに驚く。ファイナンス、マーケティング、サプライチェーンマネジメント、国際ビジネス、組織運営・リーダーシップ・イノベーションマネジメント等・・・MBAの全科目で本書を事前課題図書にしてもいいくらいだと思う。

一般的な書評は他にたくさん出るだろうから、ここでは本書がどのような観点でビジネスの役に立つのかという観点で殴り書きしてみたい。

本ポストは前半で、後半はこちら→リンク


ファイナンス(1)・・・運転資金マネジメント


本書のかなりの部分を資金繰りの話題が占めている。

留学時代のアントレ系の授業でもまず何はともあれCash is Kingであり運転資金マネジメントの肌感覚を身につけよと学んだが、本書ほどその重要性を痛感させてくれる本はないのではないだろうか。

成長企業における運転資金マネジメントは、ほとんどのビジネスにおいて決して色あせることのない永遠の課題だ。

IT系のような特殊事例を除けば、何かを売ろうと思ったら、まずはそれを仕入れるか製造せねばならない。ナイキ前身のBlue Ribbonにおいてはそれはオニツカタイガーの靴だった。

仕入れるためには、売上が銀行口座に入金する前に、まずは仕入れに資金投下をせねばならず、そのための元手がどうしても必要になる。最初であれば、自分の貯金や、親の支援や、あるいは近所の金融機関がお金を貸してくれるかもしれない。



幸運にして商品が売れてからが、成長企業にとっての正念場だ。

商品が売れて1億円の収入があったとしても、もしそのビジネスが大きく伸びている場合には、次の仕入のタイミングでさらに2億円もの資金を仕入に充てねばならないことがある。

勿論従業員への給与や、オフィスの家賃は固定費として勿論待ってくれないなか、成長のために、前回の資金調達に続き、次の仕入れ代金をさらに資金調達する必要がある。



1回目の仕入により実現した収益だけでは、2回目の成長を支え切れないのだ。

自分の貯金などすぐ尽きる。親もすぐに音を上げるだろう。銀行だって、初回取引に応じてくれるような中小銀行であればすぐに与信枠に到達してしまう。

銀行は自分や親よりは資金があるだろうが、その性格上どうしても「成長を多少我慢してでも、収益の一部を貯金してくれ。そうじゃないと次の与信ができません」と言わざるを得ない

というのも、当の創業者だって次の仕入2億円がすべて予定通り売れるかどうかわからないなか、保守的なアウトサイダーである銀行は「もし予定通り売れなかったら・・・」という観点でリスク管理をせざるを得ないからだ。



そのような量的制約があるなかでいかにファイナンスし続けるか。これは永遠の課題で、企業がハイスピードで成長するためには「いいプロダクトを作り、それを売る」だけでは駄目なのだ。

売るための運転資金を調達し続けることができないと成長スピードは鈍る。かようにビジネスとファイナンスは成長企業においては特に密接につながっている。

(ちなみに、小説ではこういった銀行の保守性がよく批判されるが、これを批判することは、自分がお金を預けている銀行に「預けたお金が返ってこなくても気にしない」と言っていることに等しい。
銀行担当者だって会社のメンバーと何度も面会し、共感し、情も湧く。新規貸付を停止することで当然に心の呵責を覚える。それでもなお保守的にならざるを得ないのは、銀行担当者が偏屈だからではなく、その裏にいる預金者を裏切れないからだ。)

本書においても、ナイト氏及びチームは、親族友人・銀行・日本の商社等様々なところから資金調達を試み、壁にぶつかり、それを乗り越えている。

靴の話そっちのけで資金繰りの話が続くが、それでも全く退屈になることなく読者を離さないのは、筆者のKnight氏の筆力もあるが、ファイナンスがビジネスと密接につながっているからでもあると考えられる。

さらに細かく見ると、部門間の支払融通で小細工をすることで日繰りの資金繰りをなんとか乗り切ろうとしたり(ヘマをして警察騒ぎになっているが・・・)、販売先たる小売店との取引条件を工夫することで資金回収の円滑化を試みたりと、運転資金マネジメントのケーススタディとして本書は大変有益になっている。



ファイナンス(2)・・・エクイティファイナンス、資本政策


本書はエクイティファイナンスあるいはその資本政策のケーススタディとしても貴重なエッセンスが詰まった内容になっており、現代の起業家であっても本書を追体験しておくことは非常に有益であると思う。


  • 共同創業者との持分比率(50:50でいいのか?)
  • なぜ成長企業がIPOを必要とするのか(運転資金の話につながりつつ、創業メンバーへの報償という側面も)
  • IPOのメリット・デメリット
  • IPO是非をめぐる経営幹部での意思決定(どういったメンバーで話すか/何を論点として話すかetc)
  • IPO関連専門家との付き合い方(弁護士、証券会社、機関投資家)

等、資本政策についての論点が本書では古典の如く網羅されており読みごたえがある。


ファイナンスについて書いているだけで盛り上がってしまったので、次のポストに続けたい・・・。