2018-01-21

SHOE DOGは最高のMBA教科書(2)

前のポストに引き続き、ナイキ創業者による自伝であるSHOE DOG(リンク)がいかに経営書として秀逸か書いてみたい。

その1ではファイナンスの側面について述べたので、本ポストではそれ以外の側面について述べる。

前半(その1)はこちら→リンク

国際ビジネス


ナイキの前身のBlue Ribbon社は日本のオニツカタイガーの靴を輸入してアメリカで販売する事業であり、そもそもにおいて国際ビジネスである。

それ以外にも以下の通りたくさんのエッセンスがあり、本書は国際ビジネスの「あるある」が詰まったケーススタディとなっている。
  • 海外企業と取引を始めるにはどうすればいいか?
  • オニツカからの仕入での四苦八苦(グローバルサプライチェーンマネジメント)
  • オニツカ関係者とのコミュニケーションでの苦労(海外企業パートナーとのコミュニケーション)
  • オニツカ・Blue Ribbon双方の状況が変わるなかでの連携の在り方の変化(資本関係を結ぶべきか否か、代替候補を探すことの是非等)
  • 海外における生産拠点の発掘(日本から、台湾・韓国、さらには次の国へ)
  • 海外拠点の立ち上げ
オニツカと、その販売代理店だったナイキ前身の関係悪化に至る経緯とか、「自分だったらどうしたか」「防げるポイントはなかったか」「自分の仕事でやっているJVへの応用は」等、考えているだけでいくらでも議論が盛り上がりそうだ。

オニツカはBlue Ribbonが運転資金で苦労しているときに、販売委託先の代替候補を探したりBlue Ribbonを買収しようとしている。

後知恵でかんがえれば「ここでBlue Ribbonに親切にしておけば、ナイキという競合が生まれることもなかったし、オニツカブランドは今頃もっと躍進していたかもしれない」と言えてしまう。

でも落ち着いて考えれば、重要な提携先が死にそうになっていたら、他に頼れるパートナーをリストアップしたり、その会社に資本注入して救済を検討することは、なんの不思議のない合理的な判断の一つである。「オニツカが悪・ナイキが善」などとは決して言えない。

正しさは当事者の数だけ存在する(よって交渉者は自分を絶対視しすぎず、相互理解の精神をもつべき)という交渉基礎みたいな教訓や、同じことをやるにしても、コミュニケーションのやり方をあと少しでもうまくできていたら、ここまでこじれなかったのではないかという異文化コミュニケーションの難しさ等、自分が当事者になったつもりで考えてみるとあっという間に時間が過ぎてしまう。

そういったハード面もさることながら、Knight氏が日本に単身乗り込んでオニツカと話をまとめるエピソードや、世界各国で事業展開する際のエピソードからは、巷間言われるアメリカ人の海外への食い込み上手さが垣間見えて、ソフト面でも参考になる。

Knight氏も勿論立派な経歴で優秀ではあるが、それぞれのエピソードを見ているととてもじゃないが洗練されているとは言えず、素人が四苦八苦しながらやっとこさ話を前に進めているのがよくわかる。

ただ、おそらくそのどこかに「ツボを押さえている」ところがあり、そのわずかな差のおかげで話がうまくまとまっているのではないかと思われ、このツボを体得することは今の日本人にとって死活的に大事なのではないかと思いながら読んでいた。


組織マネジメント


ナイキはKnight氏の個人事業のようなところから現在の巨大企業に至っているわけで、当然ながら組織拡張に伴うあらゆる苦労を経験している。

本書ではそういった側面での苦労もリアルに描かれており、それを追体験しておくことは成長企業をマネージしようと志す人にとっては極めて有用だと思う。ぱっと思い出せるだけでも以下のような話は参考になろう。


  • 初期メンバーとの出会い、参画までの経緯
  • メンバー雇用の仕方(報酬?株を渡す?)
  • 社長として初期メンバーとどうコミュニケーションするか(Knight氏のコミュニケーションスタイルは、書いてあることを表面的になぞると決して参考にならないのだが、アメリカのボーイズクラブといった角度から見るとほほえましい)
  • 海外展開にあたっての人選
  • 事業拡大に伴うキーポジションへの人員配置
  • 異動
  • 大事なことをどう決めるか(会議体の形式というより、実質的に腹を割って話せる場をどう確保するか)


サプライチェーンマネジメント


言うまでもなくナイキはグローバル企業であるが、その設立当初からグローバルだった点において特色がある。

以下のようなポイントは、SCMのケーススタディとして有益だろう。
  • 彼らがどのようにオニツカから仕入を行ったか。そこでの苦労や対応。
  • ナイキ事業開始時の製造工場の発掘
  • 大量の仕入れにつきまとう在庫マネジメント
  • プラザ合意に伴う円高を受けての生産拠点シフト
  • 関税をめぐる問題

リーダーシップ

本書は著者Knight氏の性格によるのか、リーダーシップ的側面は比較的抑制されて描かれている。本書を伝記として受け取る人はおそらく少ないだろう。

しかし、そのようなリーダーシップの観点で抑制された文章のなかにあっても、その
端々にはリーダーの要諦のようなものが散見され、リーダーシップのケーススタディとしても本書はなお有効だと思う。

特に心に残ったポイントを2点だけ記す。

まずは、オニツカとの決別が不可避になった局面の「独立記念日エピソード」だ。

不安がる社員に向けてKnight氏は「今こそが待ち望んでいた独立記念日だ」とぶちあげ、現状をリフレーミングすることで見事に社員を鼓舞することに成功している。

どんな会社やどんなチームでも苦境は必ずやってくる。

それゆえ、結局のところ勝敗を分けるのは苦境を予防することというよりは、苦境においてどのように持ちこたえるかであり、さらに言えば苦境において意気消沈・委縮する社員をどのように鼓舞するかだ。

Knight氏は現在巨万の富をもっているが、その富の相当な割合は、この事例が示すような"人を鼓舞できる"というリーダーに必ず求められる資質を発揮できたことに帰着するのではないだろうか。

もう一つは、Knight氏が繰り返し述べている「ビジネスだが、単なるビジネスではない」という考えだ。

氏はナイキがやっていること・実現しようとしていることは単なるお金儲けを超えた崇高なものであると捉えており、その端々に「大義を貫けば、お金は後からついてくる」という思想が見え隠れする。

およそ組織が人の集まりである以上、持続的に関係者にいきいきと働いてもらおうと思ったら、どうしてもお金のみならず様々な動機付け(Driver)が必要になる。

そういった観点においては、理念・大義・倫理といった高次の概念は、人々を持続的に結束し、鼓舞する助けになる

トップであるKnight氏がそのような哲学をもっていることは、ナイキをここまで巨大な組織に育てた主要因の一つと言ってもいいのではないかと自分は感じた。


結び


以上の通り、SHOE DOGは読み物としてのみならず、経営書として非常に読み応えのある書籍で、おそらくは古典として今後様々な経営学上の分野において使われていくことになるのではないかと思う。

イノベーションマネジメント等、ここでは書ききれなかったエッセンスもふんだんに含まれているので(エアソール技術の当初の失敗は、レゴの一時期のイノベーションの失敗と並べて検討すると非常に面白い)、また機会を見て読み返し、自分の頭を耕し返してみたい。