2019-02-09

「成長」「アップサイド」「バリューアップ」をどこまで計算に入れるか

投資(特に経営権取得を伴うような買収)をするときにどうしてもつきまとうのが「成長をどこまで考慮するか」「バリューアップをどのくらい計算に含めるか」という問題。

投資するとき、誰だって馬鹿ではないので、企業を高値掴みはしたくない。
もし許されるなら、できるだけ保守的な予想を行い、その予想に基づきシビアなバリュエーションを行いたいに決まっている。実績だけ織り込んだ現状横這いの予想を作り、それに基づく低価格で買収できるなら、そんな楽なことはない。

しかし、投資の現実には競争入札者がいたり、売手が価格にうるさかったりするので、保守的に見積もった安い値段では、買収できないのが現実だ

すなわち、現実に買収を行おうと思ったら、多かれ少なかれ、不確実なバリューアップを予想に織り込んだ「高いバリュエーション」で臨まざるを得ないのだ。

できもしないバリューアップを予想に織り込んで高値掴みするのが愚かなのは疑いない。他方で保守的な値付けをして入札負けするのも、少なくとも買収を仕事とする場合には、やはり愚かであるから話が難しい。

(統計風にいうと、第一種の誤りを避けるばかりに第二種の誤りをしてしまうのは望ましくないということ。保守的一辺倒のスタイルを好む人は、投資する側をあきらめて、ファイナンス側の仕事に就くべきだろう)

以上のような「バリューアップを織り込むのは難しいが、かといって、織り込まないとそもそもゲームにならない」というジレンマのなかでどうバランスを取るのがいいのか、経験則のようなものを少し書き散らしてみたい。



織り込んで良いもの①「戦略レベルの」改善余地

不確実なバリューアップを織り込むのは危険だが、織り込まないとそもそも買えないというジレンマ。一つのやり方は、一言でいうと馬鹿みたいだが、織り込んで良い成長策と織り込んではいけない成長策を区別することが有用だ。

では、織り込んでよい成長策とは何だろうか?経験則に基づくと、織り込んで良い成長策とは「戦略レベルでの改善余地」と言うと収まりが良いように思う。

「戦略レベル」とは

「戦略レベルの」という点をいくつかブレイクダウンして定義を試みると、以下のような要素が含まれるように思われる。

  1. 外(素人)から見てもわかるレベルの、細かくない、大きな問題

    →「どう考えても非効率な不稼働資産とか、不採算部門がある」とか「取引先から不当な条件で取引を強いられている」等が典型例だが、骨太な、大きな課題である必要がある。

    言い換えると、現場一筋何十年の生え抜きの人じゃないと解決できなそうな繊細な問題くらいしか課題・成長余地がない場合は注意が必要。
     
    「課題はあるかもしれないが、解決できるかどうかはわからない」と思いバリューアップをベースケースには織り込まないことが妥当だ。
      
  2. 解決されない構造的事情がある(なぜ解決されていないか)

    →投資する自分たちも馬鹿ではないかもしれないが、被買収企業の経営者だって基本的には馬鹿ではない。その点において、相手を過小評価しないという意味での性善説に立つことが健全なバリューアップ案策定においては重要だ。

    発見した「外から見てもわかるレベルの大きな課題」が、解決のための障害が特にないようなとき。そのようなときはむしろ、我々が的外れであることを疑った方がいい。その課題は実は本質的課題ではないか、解決困難である可能性が高い。

    他方で、もし、発見した問題について、それが解決されない構造的な理由をセットで見つけることができたなら、それこそは「予想に織り込める改善余地」である可能性が高い。
     
    株主構造(散逸しすぎていて大胆な決定ができない・特定株主の利益を害することはできない等)等は典型的な構造要因。
      
  3. 我々の投資を通じ構造要因を解きほぐせる(我々に解決できるか)
    →①外から見てもわかるような大きな問題で、②解決されない構造要因があるだけではなく、さらに、③我々の投資がその構造要因の解決策になるようなとき、それは「織り込める改善策」の候補となる。

    例えば上記で挙げた株主構造などは典型例で、買収により株主が集中することや、利害関係者との資本関係が解消されることは、構造問題のどんぴしゃの解決策となる可能性が高い。

織り込むのは望ましくない要素

逆に織り込むべきではない成長策は、上記3点の逆となり、
  1. 戦術レベル、細かい課題
    →会社在籍数十年の生え抜きの人じゃないとできないような、戦術レベル・細かいレベルの施策は、織り込んでも解決できるかどうかかなり微妙である。

    例えば「顧客層拡大」とか「新商品開発」とかは、確かに大事は大事だが、チームにその道の専門家がいない限りは、細かすぎて手を付けられないと思っておいた方が得策。

    経験的に、このような細かい成長策がふんだんに盛り込まれている投資案件は、ほぼ確実に、吊り上がってしまった価格の正当化に苦労しているディールチームが「鉛筆なめ」をしてしまっている可能性を疑うべきだと考える。

    この手の細かい成長策あるいは課題は、ベースケースには織り込まず、アップサイドのお楽しみに入れておくのが妥当。
       
  2. 課題が解決しない構造要因が見当たらない

    →上記の性善説を言い換えると、「既存経営陣が十分優秀で、その課題が重要で、かつ課題に構造要因がないのであれば、その課題はとっくに解決されているはずだ」という理屈になる。
     
    これをひっくり返すと、構造要因がないにもかかわらず未解決である課題は、そもそも重要な課題ではなく、対処する意味がない可能性が高い
      
  3. 我々の投資が解決策にならない

    →例えば上記「新商品開発」を例に挙げると、万一既存の株主が何らかの事情で新商品開発を邪魔しているということであれば、投資に伴う株主交代がその障害を取り除く解決策となる。

    しかし、そのような特殊事情がない限りは、株主が変わったところで組織レベルでの新商品開発能力が改善するとは考えづらい。「大事な課題」と「対処可能な課題」は別であるという当たり前の話。

    しかし、経験上、若い担当者は、自分が解決できるかどうかを棚上げにして、「重要課題が解決されれば価値が上がる」みたいな蓋然性や能力を度外視した議論をしがち。
     
    これをきちんと却下して筋肉質な予想を作るためには、シニアメンバーや牽制担当者のジェネラルな論理力が重要になる。

細かい留意点

上記3要素のうち、特に重要なのは要素2(なぜ解決されていないか)。
 
というのは、要素1(課題がどこにあるか)は、馬鹿でない限り普通は気付く。また、要素3(我々に解決できるか)も、初心者でない限りは間違えることはない。
 
他方で、要素2(なぜ解決されていないか)は見落とされがち。ここを間違えると、対象会社からは「こいつはわかっていない」と馬鹿にされるし、課題は解決しないので当初の100日プランが結構寒いことになる。


また、「保守的であるべきだが、保守的過ぎるのも良くない」という観点では、ベースケースから除外した要素の取り扱いにも慎重であることが望ましい。すなわち、全く除外するのか、アップサイドケースには入れておくのかという2択だ。
オペレーショナルな改善策のうち、対象会社経営陣やお抱え専門家であれば対処できるかな?というものを、無邪気に全削除してしまうのは勿体ない。アップサイドケースのお楽しみには含めることで、「うまくいったときの妙味」はきちんと織り込んでおくことが大事だ(アップサイドケースをどう評価するかは、会社によって異なるとは思うが)。
他方で、ベースケースから弾かれた単なる妄想を、とりあえずアップサイドケースに含めるという人も若手中心に散見される。これをやってしまうと、「アップサイド妙味も乏しい、本当に微妙な案件」と「うまくいけば面白くなる、ポテンシャルの高い案件」の見分けができなくなってしまい、結局組織としてアップサイドを信じられなくなってしまうので注意が必要だろう。


織り込んでいいもの②高く買ってくれる人を事前に見つけておく

ブラックストーンのEOP社への投資(→参考:ブラックストーン本)が典型例だが、買収する企業のうち、一部資産等を高く買ってくれる人が事前に見つかる場合がある。その場合は、ある意味当然に、その分の価値向上というか、期待売却価格と取得価格の差は計算に含めて良いだろう。

ただし、優良資産の切り売りを投資戦略の中核に据える場合は、当たり前だが、「切り売り後に残るものは、残りカスの集合体であり、結構手に余りがち」という事実も踏まえる必要がある。残りカスをきちんと悪くない価格で処分できて初めて、切り売り戦略は合理性をもつ。



織り込んでいいもの③ストック型ビジネスで、利益につながるKPIが見える

SaaSが典型例だが、今年獲得した顧客が、将来にわたり継続的に収益をもたらしてくれるようなストック型ビジネスモデルは少なくないし、最近は一種の流行でむしろ増えている。

(参考:「サブスクリプション」

このようなビジネスに投資するときは、仮に投資時点でさほど利益が出ていなくても、将来の利益の根拠となる顧客獲得のモメンタムに確からしさがあるのであれば(それっぽく言うと「ユニットエコノミクスが合っている」)、ある程度、その顧客獲得により説明される将来収益は計算に織り込んで良いものと思われる。

ただし、上記で「ある程度」と書いているが、無邪気に足元のスナップショット的顧客獲得状況を将来にわたり横伸ばしするのもまた危険で、
  • その市場全体の天井(TAM: Total Addressable Market)まで余裕はあるか?
  • 継続率が低く、焼き畑農業になることはないか?
  • 競合や技術進化により、顧客獲得コスト(CPA)が上がったり単価(言い換えるとLTV)が下がったりして、ユニットエコノミクスの皮算用が崩れることはないか?
等、微分して作った接線を無邪気にドカンと伸ばすような過ちは避ける必要がある(言い換えると、デュレーションだけではなくコンベクシティまで考える必要がある)。投資する時点では「チャリンチャリンビジネスなので、安泰です」と言っていたのに、投資後数年もしないうちにストック収入が剥がれ落ちるリスクは決して軽視すべきではない。

おまけ

ちなみに、このような「計算できる成長を、ちゃんと計算して投資する」というのは、近時のVC投資の主流の投資スタイルであると理解している。
自分の意見では、このようなリスクの取り方は、成長が計算できる分、下手な成熟企業向け投資よりよほど秩序だった投資と言え、人々が一般的に想像するようなハイリスクな、いわゆるVC投資(例:AppleやGoogleの黎明期の投資家がやったようなリスクテイク)とは本質的に別であると思っている。
これは2通りの言い換えができて、

①「ベンチャー」という分類論に影響されて過度におそれず、リスクテイクしてよい場合があるし、CFを重視する伝統的投資家や愚鈍な組織的投資家でも「触れる」アセットクラスである

②このリスクの取り方をしている人達(いわゆる「SaaS好きキャピタリスト」)と、いわゆる「山師スレスレの、オールドタイプのベンチャーキャピタル」は本質的に別である

と思っている。この「SaaS好きキャピタリスト」への若干の違和感については、また別途どこかで論考することにしたい。