2019-03-09

リーンアプローチ的世界では、意思決定はそこまで重要ではないのか?・・・失敗コストの大小による


最近わりと、入口での意思決定はそこまで重要ではないという意見の影響力が高まっているように感じている。

(自分でも「アイディアではなく行動が全て」みたいなポストを書いており、その発想に賛同する部分は多い)

多くはスタートアップ的なリーンアプローチの観点から、

入口でダラダラ意思決定に時間をかけるくらいなら、とりあえず始めて、それから適宜軌道修正すればいい

というのが主張の根幹。



これは、自分を含む大企業や官公庁に所属する個人からすると、参考になる示唆であるとは思っている。自分自身、色々な事案でリーンアプローチを使っている。

ただ、リーンアプローチは参考するのはよいが、絶対視まですることは危険だ。

言い換えると、どういう時にリーンアプローチが有効で、どういうときには有効でないのか理解しておかないと、無条件にリーンアプローチを使うのは危険ということ。



今日はその辺りについて、失敗コストというコンセプトを軸に書き散らしてみたい。




リーンアプローチの思想


スタートアップ界隈でよく提起されるリーンアプローチは、以下のような思想に立脚していると考えている。

  • これからのビジネスは、今まで以上に不確実性が高い。
  • 「プロジェクト当初にゴールまでを見極めた青写真を描き、それにそって予定を消化していく」といった伝統的なウォーターフォールアプローチは、不確実な現代においては実効性が低い。
  • 入口で青写真作りにダラダラ時間をかけるくらいなら、むしろ、最低限の方向性だけ決めてさっさと動き出すほうがベター。
  • さっさと動いた上で、結果生じるフィードバック(失敗、成功等)を踏まえ改善案を練り、再び動き、またフィードバックを得て・・・というPDCAサイクルを高速で回す方がより良い結果に到達しやすい。
  • 事前の戦略的分析などよりも、①実際にやってみた結果生じる結果・データ②それらデータを分析する能力③データを踏まえて改善策に移るスピード感の方が有用。
  • すなわち、同じ1か月でも、動く前に1か月間企画立案や議論ばかりするよりも、最初の1日だけ企画立案して、2日目以降は100回試行錯誤した方が余程いい結果が得られるはずだ。


自分もそういった発想に好感を持っているが、その一方で、その限界も強く感じている。

一言でいうと「失敗コストが大きいものにまでリーンアプローチを使うのは危険」と思っている。

次のパラグラフでは、失敗コストについて少し説明してみたい。


失敗コスト


失敗コストとは、意思決定の結果として何か失敗が起こったときに生じるコストと定義する。たとえば
  • 企画が失敗したときの経済的損失や費用
  • 実施した企画を撤回・変更するために必要な時間・リソース・ポリティカルキャピタル
といったあたり。

失敗コストが小さいとき


失敗コストの小さい意思決定の例としては、以下のようなものが挙げられる。

  • アプリのデザインを変更する・・・
    随時更新型のソフトウェアやアプリーケーションであれば、ユーザーの評価がイマイチであれば、元に戻すなり別の改善を行うなり比較的クイックに対応できる。
    そのため、失敗コストは小さいと言え、「とりあえず変えて、ユーザーフィードバックを見てみよう」というリーンアプローチが正当化しやすい。
      
  • セールス活動全般・・・
    営業に失敗しても、単にその顧客との取引が獲得できないだけで、損失はあまり発生しない(営業の仕方が悪ければ、リレーションに悪影響はあるかもしれないが。)
    そのため一般的には営業の失敗コストは小さく、ある程度「とりあえずやってみて、恥をかいて、それを糧に次の営業先に行く」というアプローチが有益であることが多い。

このように、失敗コストが小さい課題であれば、

失敗コスト<フィードバックの価値 

という不等式が成り立つ。

そのため、「失敗を恐れ過ぎず、とりあえずやってみよう」というアプローチが正当化できる。


失敗コストが大きいとき

他方で、失敗コストの大きい意思決定の例としては、以下のようなものが挙げられる。

  • ルール変更・・・
    法律改正が典型例だが、立案や議会での議論をすること自体に多大なるコストが伴うので、「ダメだったら変えればいいや」という発想は極めて難しい。
    そのため、できる限り事前に議論を尽くすことが求められる。
    そういったこともあり、官公庁界隈でリーンアプローチが話題にのぼることは少ない(サンドボックス等、少しずつ風穴は開きつつあるが。)
      
  • エクイティファイナンス・・・
    調達株価は普通今後の調達条件にも影響を及ぼすし、「気に入らないので、やり直し」とは絶対にできない。
    それゆえ、エクイティファイナンスも、失敗コストが極めて大きいものの典型例となる。
     そのため、いくらスタートアップでも、エクイティファイナンスに「とりあえずやってみよう」という発想を用いるのは極めて危険。
    実際、自分が知る限りでも、各種媒体におけるPR/IRにおいては「失敗をおそれず、リーンに」といった感じの組織文化を打ち出すようなスタートアップにおいても、増資だけは全然リーンではなく、極めて慎重に、それこそ日本の古臭い伝統企業と変わらないような丁寧さで対応する会社が多いという経験則をもっている。

これら事例が示す通り、失敗コストが高い意思決定においてまでリーンアプローチをやってしまうのは危険である。

失敗コスト>失敗から得られるフィードバック

という不等式になるためだ。

小括


以上を言い換えると、失敗コストの大小によって、採用すべき意思決定アプローチは180度変わる。

すなわち、リーンが良いか否かは、失敗コストの大小によって全く異なる。

熟達したスタートアップ幹部の方々は、PR/IRにおいてはあまりそのことを口にしない。

しかし、よく観察すると、リーンアプローチのメリデメを踏まえた上で、意思決定のやり方をきちんと使い分けている人が殆どだ。

とはいえ、スタートアップ界隈においてもたまに、大企業界隈では頻繁に、この「失敗コストの大小によって、最適アプローチが180度変わる」という意思決定上のツボを押さえそこなって、様々なミスをしているように見受けられる。


誰が何を気にするべきか


大企業界隈の人が留意すべきこと

大企業や官公庁に所属する人は、一般的な傾向としては、事前に検討を尽くすタイプの伝統的意思決定スタイルに慣れていることが多い。

これは仕事の多くが失敗コストの高いものであるためであろうことを考えると、ある程度自然なことだ。

実際、仕事の多くが失敗コストが高い以上、伝統的意思決定スタイルをアプローチの中心に据えることで全く問題はないはずだ。

しかし、そのような組織においても、仕事を細分化すると、失敗コストが小さい領域は必ず存在するはずだ。事前のブレインストーミングとか、プロセス途中の作業とか。

そのようなときに、伝統的意思決定スタイルしか知らないと、ついつい仕事のペースが鈍くなってしまうリスクがある。

大企業界隈の人も、失敗コストが小さい仕事においては、積極的にリーンアプローチを導入するのが良い。

あるいは、リーンアプローチを導入できるように、仕事を適切なサイズに切り分けるのが有効だ。

その上で、失敗コストの低い部分については、固定観念を打ち破り、どんどんリーンにやるのが良い。



スタートアップ界隈の人が留意すべきこと

スタートアップ界隈に所属する人は、一般的な傾向としては組織も小さいため失敗コストが小さく、失うものなどないからどんどんやろうというマインドセットであることが多い。

そのため、仕事をするにあたってのOSとして、リーンアプローチが当然のごとく基盤となっている人が多いように思う。

加えて、得てしてスタートアップの幹部は、リクルート/IR等の観点で、組織の柔軟性やリーン性を派手に打ち出していることが多い。

そのため、リーン思想に無意識に染まっているというよりも、リーン思想を意識的に標榜する人も多い。

しかし、いかなるときも無条件にリーンが良いわけではない。

失敗コストの大小に応じて、時には伝統的アプローチを用いた方がいいこともある点について、誤解しないようにするのが良いと思う。

見ていると、リーンアプローチしか知らずに苦労している人は少なくない。

すなわち、本来そうすべきではなかった問題に対しても、場当たり的に「あとで適宜調整します」という態度で臨み、結果として適宜調整できずに困っている人が散見される。

当たり前すぎてばかばかしい気もしたが、一応書いておくことにしたい。



Done is better than perfectはFacebookが好むモットーである。

これは多くの場合においては正しいが、常に正しいわけではないのだ。

そして、その正否をわけるカギは、失敗コストなんだろうと思う。