2019-04-28

金銭報酬と非金銭報酬

4月の暇な時期に、小笹氏の『モチベーション・ドリブン(リンク)』を読んだら非常に面白かったので、備忘まで。

以下では、本書の要約をさらっと行いつつ、後半ではそれを読んで感じた自分の感想(小笹氏の意見ではなく)を書きなぐるので、小笹氏の意見と筆者の意見は分けて読んでもらいたい。

以下のうち、自分の意見を要約すると、

その重要性が増している非金銭報酬は、上司や人事部以外の人であっても提供可能である点において、あらゆる人にとって非常に重要になるというもの。


本書の概略

本書は、おおざっぱに言うと以下のように要約できる。

  • 人間観をアップデートせよ・・・
    • 金銭や肩書だけを効用関数のパラメーターとするホモ・エコノミカス的人間観から、承認欲求・貢献欲求・成長欲求といった非金銭報酬にも価値を見出す行動経済学的人間観に頭を切り替えよう。 
    • 金銭報酬だけでなく、非金銭報酬も含めるトータルパッケージで「どう報いて、どう動機づけるか」が人材の獲得・リテンションにあたり重要
        
  • 組織観をアップデートせよ・・・
    • 組織と個人の集合体ではなく、個人間の関係(ノード)が織りなすシステムというシステムというように頭を切り替えよう。
    • 人を増やすと個人間のノード数は等比級数的に増大し、混乱が起こりがち。組織化とは指揮命令系統を明確化することでノードを減らすこと。
        
  • OneとAllのバランスが大事・・・
    • 個人のエンゲージメントを高めるためには個人(One)の尊重が大事だし、昨今はますますOneの重要性が増している。
    • しかし、One一辺倒の運営では組織力が高まらない。組織をシステムとして機能させるためには、Oneを尊重しつつもAllを意識するというように、OneとAllのバランスに常に意識する必要がある

以上が全体感で、あとはその中で、「女性活用」や「働き方改革」などのテーマについて、基本コンセプトの応用という形で論考が述べられている。


「システムとしての組織観」も「OneとAllのバランス」も非常に納得的であり参考になったが、以下では「行動経済学的人間観」という点に絞って、思ったことを書き残してみたい。


非金銭報酬の時代 = 上司でなくても、人に報いることができる時代!


非金銭報酬にはいろいろな特色があるが、特色の一つとして自分が思うところとしては、非金銭報酬は、たとえあなたがチームメンバーの上司でなくても人事部でなくても、それを提供することができるという点が挙げられる。

これは金銭報酬とは大きく異なる特色であり、重要であるように思うので、以下少し段階を追ってその意味合いを書いてみたい。


残念な現実=あなたがチームメンバーの「金銭」報酬をコントロールできることは滅多にない

まず直視すべき現実として、あなたが働く同僚・チームメンバーの殆どは、あなたの直属部下ではない

「単なる後輩」とか、「隣接部署の同僚」とか。現実にあなたがチームを組むチームメンバーのほぼ全員について、あなたが「報酬1.0」すなわち金銭報酬や昇格・解雇で動機づけをすることは難しいのだ。

少なくとも日本企業においては、一緒に働くメンバーの金銭報酬に影響力を及ぼせるのは直属の上司、たとえば部長くらいであろう。

また、部長であっても、硬直的な給与テーブルの中で、業績連動賞与を多少いじるくらいの限定的な権限しかもっていないことが多い。

すなわち、「報酬1.0」である金銭報酬は、殆どの場合、あなたがにとってまったくコントロールできるものではない。

金銭報酬も非金銭報酬に負けず劣らず大事なのは間違いなさそうであが、いずれにせよ、「金銭報酬は、ほとんどアンコントローラブルである」という現実は重たい。

学生時代のサークルやゼミで似たような悩みを感じた人は多いのではないか。指揮命令系統も、報酬も何もないなかで、先輩・同級生・後輩に何かをしてもらおうとするときの苦しみを。


その一方で、「非」金銭報酬は、平社員のあなたでもコントロールできる


サークルやゼミの悩みを思い出してみると、金銭報酬など払えるわけもないなかで、あの手この手で頼みを聞いてもらったときのあの悩みがありありと脳裏に浮かばないだろうか。

実は、このときの試行錯誤はまさに「報酬2.0」時代において武器となる経験なのだ。

自分の直属部下ではないメンバーとの混成チーム。自分はメンバーの給与など知らないし、それを上げたり下げたりする権限など全く持たず、昇進や解雇に口を出す権利もない。

他方で、あなたが十分なトレーニングを積んでいれば、
  • 一緒に働く後輩の習熟状況や将来の構想を理解した上で、彼女がまさに勉強したいと思っていた分野の経験を割り振ってあげる(成長欲求の充足
  • 他部署の先輩に対し、その立場を十分に尊重しつつ(自尊心の充足)、その中で彼が得意とする分野について、そのアウトプットを全体の文脈の中で最適に翻訳してあげる(貢献欲求の充足)
  • サポートしてくれるスタッフ職の人の仕事について、適切なフィードバックや謝意を示す等(承認欲求の充足)
等、メンバーになんらかの非金銭報酬を提供することができる。

非金銭報酬は、上司でも人事部でもないあなたが、出世する前であっても、他人に提供することができるという特色を持つ。

非金銭報酬まで視野を広げれば、あなたは実は今すぐにでも、人に報いることができるのだ


非金銭報酬の提供能力は、現代におけるリーダーシップの重要要素


上記では、あなたが上司でなくてもチームメンバーに非金銭報酬を提供する「ことができる」と書いた。

しかし実際には、あなたが現代において何かしらリーダーシップを発揮したいのであれば、非金銭報酬を創出し提供する能力は、もう殆ど必須要件なのではないかと思っている。

非金銭報酬を提供しようと思うと、以下のような能力を備えている必要があろう:
  • チームメンバー一人ひとりの個性・志向・好き嫌いを理解する対人理解力
  • その上で、メンバーが充足感を感じる「満足のツボ」を見つける能力
  • 仕事を、「メンバーの得意不得意」という能力軸と、「満足のツボ」に応じた満足軸の2軸でうまく切り分ける業務分解能力
  • 発注・依頼時や、成果が出たタイミングで、その依頼や成果を、チームメンバーが最も満足する形で再定義して言い換えるリフレーミング能力


非金銭報酬の具体的な提供方法には、以下のようなものが想定されよう:
  • 謝意・・・メンバーにお礼の態度・言葉を示す
  • 慰労・・・メンバーが充足感を感じたときに的確にねぎらう
  • 依頼・・・メンバーが求めるタスクを振り分ける。あるいは、難しい課題について、期待のあらわれとして、あるいは成長の手段としてメンバーに依頼する
  • 依拠・・・メンバーが自尊心を持つ分野について頼る
  • 叱責・・・これはややひねり技だが、メンバーに叱責することを通じ「君はもっとできるはずだ」という形で高い期待をしていることを示唆する