2019-08-25

MBAで学ぶのは、理論それ自体ではなく、理論の使い方

よく、以下のような、MBAを批判するような議論を聞くことがある。

  • MBA上がりの奴は、欧米の経営理論を無批判に取り入れようとしがちで、現場がわかっていない
  • 投資先に派遣されたマネージャーが、「非効率」な現場に「近代的」な経営手法を導入しようとしたら、反発や機能不全等を招き、機能しない

このように批判されるMBAは、どこで苦労しているのだろうか?どこかに間違いがあるのだろうか?

本稿では、このことについて、少し書き散らしてみたい。



結論を先取りすると

  • 上記は、「ダメなMBA」の典型例であり、「まともなMBA」の例ではない
  • 真面目にトレーニングを受けたMBAほど、経営理論を安易に振りかざすことには慎重になる

ということではないかと思っている。

本稿は結果として「MBAの内容なんて、本を読めば、通学せずとも学べる」という批判への反論にもなっている。




自分がMBAで学んだこと


たとえば自分は金融バックグラウンドなので、

「ファイナンスの授業で学ぶことなんて、ほとんど既知なので、時間の無駄なのではないか。ファイナンス系の受講は避けたほうがいいかなぁ」

と留学前は思っていた。

しかし、必修のコーポレートファイナンスの授業でその間違いに気づき、それ以降は、ファイナンス系授業も受講するように努めた。

というのは、MBAのファイナンスの授業では、「ファイナンスの理論」というよりも、「ファイナンス理論の限界」「限界をふまえた、慎重な理論活用の在り方」を学べたからだ。

例えば「DCFのフレームワークが暗黙に用いる諸前提とそれが成り立たないとき」等。すなわち、理論それ自体というよりも

  • 理論の裏にある諸前提
  • その前提が成り立たないときに、どうすべきか
  • 理論の限界
  • 理論化するにあたり、無理やりおいている仮定

等、理論それ自体というよりも理論の留意点について、手を変え品を変え叩き込まれた。





レクチャーもそうだが、何よりそれが顕著だったのはケーススタディだった。

授業で用いるケースは、そこで学ぶ理論を実際に使う練習の役目を果たす。

ところが、ケースの話には必ず何かしら個別の事情や文脈があり、理論をそのまま無批判に使うことができない

それゆえ、2年間代わる代わるケースに取り組むと、少なくとも自分は(おそらく多くのMBAも)、むしろ学んだ理論をそのまま使うことに躊躇するようになり、

  • この理論は、そのまま使える「クリーンな」状況か?
  • 「クリーンな」状態対比で、この状況はどこがどの程度ズレている?
  • この「ズレ」を踏まえると、行動をどのように修正すべきか?
  • あるいは、そもそもその理論を使うべきか?
等、理論を無批判に使うことに躊躇するよう、「調教される」。

※よく「ケースを通じて、お前ならどうする?と判断を求められる」という話をよく見かけるが、これは疑問。 
百人いれば百通りある「判断」「結論」について議論を戦わせてもあまり果実はない。 
 (ディベートの訓練としては意味もあるかもしれないが、経営学の実習と言う意味では無益ではないか)
授業もその多くは「現状をどう理解するか」とか「理論をどうあてはめるか・あてはめないか」に時間が割かれていたように思う。



理論はコモディティ、希少資源は理論の使い方



そのような経験から、自分は「理論」について以下のような発想を持っている。
  1. 理論それだけなら、それはコモディティ。MBA留学せずとも使える。
  2. 難しいのは、現実は理論をそのまま使えないことが多いこと。
  3. それぞれの現場の「実情」を理解し、理論と照らしながら、「現実に即した最善策」を立案・実行するのがリーダーの役目であり、今のMBAが教えていること。
  4. 文脈無視で「理論」を濫用するだけなら、誰でもできる。それではワークしないから、MBAは今なお役に立つ。

以下、パーツごとに補足する。

1について
  • 理論だけなら、教科書で足りるし、留学など必要ない。
  • 投資先等において、「教科書にはこう書いてある」と理論を言うだけなら、誰でもできる。知識それ自体がエッジになることはない。
  • 会社なんかでも、理論を覚えたての若手とかが「なぜXXXを実施しないのか」と、無邪気に言う光景を見るだろうが、「それができれば、苦労しないよ」という反応を受けて終わっていないだろうか。

2について
  • 多くの現場では、理論はそのまま使えない。たとえば
    • 理論が立脚する各種前提が、現実には成り立たない
    • 経営者が十分に優秀でない
    • 今の経営者は優秀だったとしても、数年でまた別の経営者に入れ替わるので、施策の安定運用が期待できない
      等。
  • 理論がそのまま利用できる「クリーンな」状態と現実の「ダーティな」状況を比較し、理論を調整するとか、場合によっては全く別の理論を用いる必要がある。

3について
  • ダメな経営者がよく言うレトリックに、以下のようなものがある。
    • 現状は最適でない(どうダメなのかの分析は得てしてなされない)
    • よって、近代的施策XXXの導入が待ったなしだ(現状の問題と、その施策がどうつながるかの分析は得てしてなされない)
  • 自分に言わせれば、目についた「理論」「近代的施策」をやろうと声に出すだけであれば、別に高度な能力は何も必要でない。
  • 理想と現状とのギャップを分析し、そのギャップをいかに埋めるかこそが鍵。それを考えないと、「XXX理論を使え」というだけでは仕事をしたことにならない。
  • 上記の投資先派遣マネージャーの例でいえば、彼のやるべきは「XXXを導入しよう」と叫ぶことではなかった。むしろ、投資先の現状を現場目線で理解し、その現状と理想とのギャップを見極め、その解消に汗をかくことだ。
  • 得てして、問題があることや、それに関する理論の存在くらい、現場の人だって言われる前から分かっていることが多い。「なぜそれができないのか」について脳みそに汗をかいて考え抜いて、それを必死にやり抜くから、マネージャーは投資先を改善することができるのだ。