2013-10-28

Negotiauction

入札したあとに交渉がある、あるいは入札の後に交渉するようなときの話。


Negotiauction(交渉入札)

Negotiauction(交渉入札)というコンセプトは、ハーバードのSubramanianらが提唱した概念で、最終的な決定にあたっては交渉が伴うという前提のもと入札を行うという考え方。

入札一発勝負で、入札後には何の調整プロセスもないという状態であれば、入札者にとっての最適戦略は「できるだけ安く入札する」というものになる。それぞれの入札者の限界利益ラインがひとつの目安になるだろうし、場合によっては採算割れでの入札(winner's curse)もあるだろう。

しかし、もし入札だけでは全てが決まらないようなケースがままある。入札を開催する側の立場からすると、
  • 価格以外にも考慮すべき論点が複数存在する
  • 本来交渉で決めたいが、入札者が多過ぎて全員とは交渉していられない
などのとき、往々にして「一次選考は入札→二次は少数の候補者と交渉」とか「一次選考は入札→二次選考も入札→本命と補欠を決め、その後交渉で最終決定」とか、入札と交渉を組み合わせた選定手法がとられることがある。

入札開催者にとってのメリット

上にも書いた通りだが、まず入札をすることにより
  • あまたいる候補者の中から、相応のプライスを提示してくれる(本気度の高い)少数の入札者をスクリーニングできる
  • 言い換えると、本気度の低い候補者のことを、早期に、交渉もせずに排除できる
  • 結果として、少数あるいは単独にまで絞り込んだ候補者とじっくりと条件交渉できる
  • 入札ですべてを決めてしまうと、「プライスは低く抑えたが、他の条件がイマイチ」という候補者のことを排除できない一方、最後に交渉を挟むことでより最適な候補者を選定できる
といったメリットがある。いわば、入札と交渉の良いところどりといったところ。


入札者にとってのメリット

他方、Negotiauctionは入札者にとってもメリットがある。
  • 純粋な価格競争を回避できる。たとえば、「業界最安値は出せないが、高い品質を提供できる」ような事業者にとっては、単なる入札では太刀打ちできないが、交渉入札であればきっちり勝負ができる。
  • 入札戦略が緩いものに変わる:入札者にしてみれば、「交渉フェーズにまで行きさえすれば、あとはこちらのものであり、一次入札はとりあえず通過さえすればOK」という発想となり、「何が何でも一番札を取る」というところから比較すると目線はだいぶゆるくなる。
等。ありていに言うと、最後に勝てばよいわけで、最終ステップまでは「負けない程度に、ほどほどに競争力のある札を出す」くらいの発想になる。

入札開催者にとっての戦略

交渉するかどうか明らかにしない

入札のあとに交渉があるということが確定的事実として周知のものとなってしまうと、入札者は皆「よし、それでは、交渉に残るだけの『負けないためのほどほどの入札』をしよう」という発想に切り替わり、自分の出せる最安値を入札しようという意欲を失う。そうすると、全体的に入札額は高くなってしまい、入札開催者にとっては望ましくない状態となる(交渉のスタート地点が不利なところから始まってしまう)。

それを防止するために考えられるのは、入札のあとに交渉があるかどうかを明言しないというもの。もしかすると価格だけで決まってしまうかもしれないし、もしかすると交渉余地があるかもしれない...というくらいの状態にしておけば、入札者は真剣度合を増し、より積極的な価格設定をしてくるだろう。それで望まない入札者が残ってしまったとき(=価格は低いがクオリティも低い入札者ばかり残ってしまったとき)は、事後的に交渉の比率を上げることにより、高品質な入札者を取りこぼすことを回避することができる。

「場合によっては価格だけで決まる可能性も十分ある」というメッセージを打ち出すことで、入札者が第一回戦たる入札フェーズを「舐める」懸念が低下し、満足いくプライスを見ることができる可能性が高まる。


交渉相手を一人に絞り込まない


入札を1,2回実施し、交渉相手を選定するときに、交渉相手を1人に絞り込むと、これまでの「当方は1人、相手は複数、よってこちらの交渉力が強い」という状態が一変し、「こちらも1人、あちらも1人、それゆえ交渉力は似たりよったり、ガチンコ勝負」という状態になってしまう。

そうなると、こちらとしても、なんとしても開催した入札を成功させないと色々まずいことになるので、多かれ少なかれ譲歩をせざるを得なくなったりする。そうすると、入札だったにもかかわらず随分と弱気な条件で合意するハメになったりして、わざわざ入札した意味がなくなってしまったりする。

それゆえ、交渉力の維持という観点において、交渉相手は決して1人に絞り込んではいけない。明示的に2人と同時に交渉してもよいが、それも大変なので、本命候補1人を選ぶと同時に、補欠を1人選んでおくというのが実務上最適なのではないかと思われる。本命に対しては「少しでも我々の気にいらない条件を提示したら、すぐ補欠に切り替えるからな」と強いことを言うことができる。

えてして本命候補者と補欠候補者は同じ業界の人なので、もともと仲良しだったりして、容易に結託できたりするものだが、このように本命と補欠というように分断されると、見事に利害が分断されるので、結託リスクも低減される。


「本命候補者」と適切なコミュニケーションを取る

公的な入札ではこれをやると逮捕されてしまうが、民間の入札ではむしろ奨励されるべき戦略として、数多いる候補者のうち有力候補者とはきちんとコミュニケーションしておくという考え方がある。入札と交渉の割合や、重視するのは何かなど。そうすることで、優れた候補者が入札で落ちてしまったり、その後の交渉フェーズでの摩擦が低減できるようになる。
※ただし、やり過ぎるとその有力候補者に足元を見られ、交渉で苦しむことになるので注意


最後はバランス=アートの世界

入札と交渉という、背反に近い性質をもつ手法を組み合わせることで最適の結果を追及するNegotiauction。実務では当たり前のように行われている(M&Aのオークションはほぼ間違いなく入札と交渉の組み合わせで成る)が、その運用については主催者やそのアドバイザーの巧拙により大きく異なってくる。

入札で候補者を1社に絞り込んでしまってはいないか?
交渉があることがバレバレで、入札が形骸化してしまっていないか?
一次入札と二次入札の間で、どいつもこいつも態度を急変させていないか?
終わってみれば、一次入札の最悪値よりも悪い値段で妥結してしまっていないか?

こういった問題を解決するためには、入札と交渉のバランス、入札に対する情報開示ポリシー、関係者との表・裏でのコミュニケーション、重視する論点のウェイト検討など、パッと計算では答えを出せないような問題ひとつひとつについて検討を進めていく必要がある。バランスを取るということであり、結局はアートの世界。ここを舐めてかかると、似たようなオークションプロセスでも、ずいぶんと違った結果になってしまうだろう。