2014-09-12

Strategic ThinkingとPragmatism

最近の自分


最近、「年度末に向けたチームの目標再設定」とか、「ここ数年の間の制度設計」とか、「投資先のExitに向けた展望見直し」とか、中長期的な企画をする機会に多く恵まれている。目の前の案件処理に忙殺されていた時期と比較すると、日々のワークロード的には余裕があるが、遥か遠くに見えるゴールの壁は高くぼやけているので、これはこれでプレッシャーも強い。


そのような中でついつい上やら横やらに対して口にしてしまうのが、

「上が戦略(方針/計画/方向性/etc)を固めてくれないと、それにsubsequentな当座の戦術など企画立案のしようがない!」

という反論。攻めるべきターゲットを定めずしてマーケティング戦略は固めようがないし、組織の方向性がわからないなかでは当座のTo Doも固めきれないし・・・といった感じで、担当者として現場の実務設計を頼まれるたびに「まずは方向性を決めてください」と上に反論している感じになってしまっている。


カウンターパンチ

特に自分はアメリカでMBAとかかじってきたからか、殆ど当然の発想として「戦略なき戦術などありえず、戦術だけ考えるのは害悪」という信念のようなものを持っていた(今でも持っているけど)。

なので、戦略を固めないなかで個別具体的な戦術論を始めようとする発想のことを当初は理解できず、単に戦略的視座が欠落しているということかと理解していた。

そんな中、ある人との会話で聞いた話が心に小骨のごとく残っている。

・戦略の対象になるのは、ふつう数年後といったかなり先のことであり、そんな先のことは誰にもわからない。
・そのような不確実な状況で、変に「固め打ち」して一つの方向に向かおうとしても、得てして無理があるし、現場が納得してついてくるはずがない
・なので、将来のことを変に決め過ぎず、フレキシビリティを保っておきたい
・特に現状がそこそこ満足行く状況である場合は、変にいじって方向性を変えるのは危険

消化に一苦労

状況を非常に大雑把に言えば、まず戦略ありきと頭でっかちに主張していた自分を諌める目的(と思われる)で上記のようなコメントを聞いた。そういう文脈からか、自分はこの言葉をかなり真剣に聞いた。で今なお、その咀嚼に四苦八苦しているところ。とりあえずの現状は、「半分賛成、半分反対、というか同じことをそれぞれ逆方向から言っているというかなぁ」という感想を持っている。思っている具体的なことを以下に羅列すると:

(1)戦略依存症への自戒:

プレーヤーとしての自分への自戒。

中堅ビジネスパーソンたる自分としては、戦略依存症になってしまうのは非常に危険であり、その点についての自戒は必要。

「組織が戦略に従う」という命題の是非はさておき、戦略と言う名のお膳立て/外堀が固まるまで動けない人になってしまうのはCareer developmentの観点で望ましくない。

何かを進めるときに、ふんぞり返って「まずは方向性決めてもらわないと」と威張り散らすのは簡単だが、「戦略決めてもらえないと動けない人」にはならないよう、常に自戒しておく必要がある。

(2)「戦略の全体像が決まらないと一歩も動けない」ことはない:

これも「プレーヤーとしての自分」に対する自戒。

たとえば、チームの今年度の営業戦略を決めるにあたり、全社の中期経営計画が完全にfixしている必要があるだろうか。今年度の営業戦略を考えるだけなのに、「どういう人材を何年度までに何人雇う」とか「売上高人件費比率を●%にする」といった大掛かりな目標設定が必要だろうか。

一般論として戦略策定(目標設定etc)は重要だが、ものには程度があるという当たり前の事実を意外と忘れてしまいがちなので注意が必要ではないかと感じている。動くのに必要十分な目標設定が済んだなら、それ以上は求めず、すぐさま動き始めるべき

チームの今年度の営業戦略を考えるだけなら、決めるべきは「攻めるべきターゲット」とか「リソース配分」とか、チーム運営にかかわるいくつかの意思決定だけで足りる。それを、部門全体の戦略とか、全体の人事戦略とか「ぼくの考える全体像」がすっきりするまで「まずは戦略を」とピーチクパーチクやっていては永遠に動き出せない。今後何かの局面で「まずは方向性を決めてほしいなぁ」と思ったときは、「まだ100%方向性が固まっていないにしても、俺の仕事を始めるにはもう十分に方向性は固まってはいないだろうか?」という自問自答を繰り返したい。

(3)100決められなくても、10は決めよう

今度は逆に、マネジメント候補(笑)としての自分への教訓で、(2)の裏返し。

確かに経営とは不確実性との戦いなのだろうし、不確実性が存在する中で必要以上に進む道を固めすぎることの弊害も理解できる。

しかし、不確実性があるからといって何にも決めないというのも、これまたまずい。完全に固めきらないにしても、組織を運営する以上、100決めないにしても、1なり10なりは何かしら意思決定して、その結果をPDCAサイクルに乗せて検証・見直ししていくというのがオーソドックスな進め方と思う。

※今自分が直面している仕事の関係者において、そういう無責任な人は幸運にして存在しない。ここで述べているのは現状への不満ではなく、将来の自分への注意喚起。

(4)決めないことも、ひとつの意思決定

これも将来の自分への注意喚起。

最近リアルオプションなんて言葉が人口に膾炙していて(しかもきわめて非定量的に、ご都合主義で普及している・・・)、意思決定の棚上げのことを「リアルオプション」などとドヤ顔で呼ぶ風潮が見られる。

しかし、実際のところは、将来に不確実性があるからといって意思決定を留保することは、多くの場合において、「現状の路線でそのままいく」ことを消極的に決めていることに他ならず、リアルオプション的発想とは異なる。

リアルオプション的発想とは、複数の「現状を変える」という選択肢と「現状維持」というN+1個の選択肢の中から、将来事後的に意思決定できるオプション価値まで考慮に入れて、その場合の損得勘定において現状維持を選ぶという発想である。この発想に従えば、仮に今判断を留保するとしても、事後的な意思決定をするタイミングやその場合にどういった意思決定をするか等はある程度指針は定めておく(そうでないとオプションバリューがわからない)と言うことかと思う。少なくとも自分の解釈によれば、「不確実だから」という理由でそもそも選択肢のリストアップや比較検討すらしないということは、リアルオプション的な積極的現状維持ではなく、リアルオプションの皮をかぶった意思決定怠慢行為であるように思われる。

自分が偉くなったときにも、「不確実だから、あえて当面は判断を留保する」のはいいが、できるだけ「不確実だから思考停止」しないように気を付けたい。

※今自分が直面している仕事の関係者において・・・(同上)

結論(昔の自分・将来の自分への質問形式で・・・)


「この会社には方向性が見えない」と愚痴っている若手のあなた。方向性が100%は固まっていないかもしれないけど、現状程度でもあなたのアサインメントは十分動き出せるということはありませんか?自分の仕事してますか?

偉くなったら色々な不確実性に直面しているあなた。ついつい判断を留保して、現状容認的になっていませんか?下がもってきた案件に「いいね」とか「よくない」とか言っているだけになっていませんか?あなたが部下よりたくさんの報酬もらっている理由は何か覚えていますか?

Further Reading:

ルメルト戦略本・・・冗長だが、戦略とは何か考えるにあたり有益。
意思決定理論入門・・・困ったときに立ち返れるベースとなる一冊。