2018-09-01

なぜ資本コストを意識せねばならないのか?

最近ブームなのか、資本コストについて聞かれることが多い。
そこで、半分自分の頭の整理がてら、資本コストについて、できるだけ手触り感をもった説明にトライしてみる。



以下、直感的なわかりやすさのため、ある程度確信犯的に厳密性を捨てる

特に、資本コストとは本来は負債コストと株主資本コストを包含する概念だが、以下では株主資本コストに特化して記述する。

以下、あなたは会社の経営者であるつもりで読んでほしい。


資本コストって何?

→投資家があなたの経営する会社にお金を投資する状況を想像してほしい。その際、経営者であるあなたは、「投資家の立場に立ったら、どう見えるだろうか」という観点で想像してみてほしい。

その投資家は、普通は「回収時に、どのくらい増えていてほしいか」について何かしらイメージ・要求水準があるはずだ。ここでいう「どのくらい増えていてほしいか」が資本コスト。厳密には要求資本コスト(Required Cost of Capital)とも言う。

例えば、投資家Aさんが、あなたの経営する会社に投資するか否かを検討している状況を考えてみる。

  • Aさんは今、手元に1億円の資金があり、これを国債に運用するかあなたの会社に投資するかという2択の検討をしている。
  • 国債を買えば、リスクなく、年率0.1%のリターンが期待できる。1億円投資したら、1年後には100%の確率で1億10万円になる。
  • 他方、あなたの会社の株価は、国債価格とくらべたらブレるだろう。1億円が2億円になるかもしれないが、3千万円に減ってしまうかもしれない。
  • このような「ブレるリスク」を踏まえると、あなたの会社に投資するときには、国債利回りと同じ0.1%では全然満足できない。それどころか、1%でもやっぱり満足できない。少なくとも5%くらいのリターンが期待できないと、あなたの会社の株を買うより、国債を買った方がマシだと感じている。
というとき、Aさんがあなたの会社の株式に求める資本コストは5%である。
言い換えると、あなたの会社の株式のリスクを踏まえたときの、国債金利対比でのリターン超過幅こそが、あなたの会社の資本コストになる。


資本コストって誰が負担するの?配当のこと?金利は自分の会社が支払うからわかるのだが、株主資本コストは実感が得られない。

上で用いた、「Aさんにとって、あなたの会社に求める資本コストは5%」の事例を引き続き事例として用いたい。

投資家Aさんがあなたの会社の株式を買った数年後、何度か配当をもらった末、証券取引所で売却し、配当とキャピタルゲインのトータルでの利回りが8%だったとする。

このとき、投資家Aさんは、
①投資元本
②求めていた資本コスト5%
③超過リターン3%
を、見知らぬ第三者Bさんから回収できたことになる。

このように、資本コスト(あるいは元本や、リターン)は、一部は配当や自社株買いによりあなたの会社自体が負担することもあるが、その多くは株式売却を通じて第三者から回収することになる。すなわち、資本コストの負担者は会社自体ではなく「ほかの株主」になる。

(配当はあなたの経営する会社が払うことを踏まえると、上記を厳密にいえば、「100%あなたの会社が払うとは限らない点において、金利とは異なる」という説明になる)。


資本コストの源泉は何か?

借入コストであれば、コストすなわち金利は、あなたの会社がその稼ぎの一部を支払に充てるだろう。すなわち、借入コストの源泉は「あなたの会社の稼ぎ」であり、非常に直接的で、わかりやすい。

さて、資本コストはどうだろうか。

上記の例(Aさんがあなたの会社の株式を買って、数年度、利回り8%で売った)が示す通り、Aさんは、あなたの会社の株式について、配当とキャピタルゲインの組み合わせによりその資本コストを回収している。すなわち、資本コストの源泉は、あなたの会社が支払う配当+第三者売却により実現するキャピタルゲインである

配当をゼロと仮定した上で乱暴に言い換えると、あなたの会社の株価が、この事例でいうと年率5%で上昇しないと、投資家Aさんは求める資本コストに見合うリターンを得ることができないのだ。

あなたの会社の株式を買う人は、どのような判断で株式を買っているのか?

あなたの会社の株式を買おうと思っている人は、色々な思考回路で株式購入を検討するだろう。しかし、ファイナンスのフレームワークに置き換えると、株式購入是非の検討は以下のような枠組で言い換えることができる。

引き続き上記の例を使うと、

①資本コストの策定・・・
リスクゼロ、利回り0.1%である国債と比べてリスクリターンが釣り合っていないとあなたの会社の株式を買うインセンティブがない。
あなたの会社の業績や株価のブレ(リスク)をもとに、国債のリスクリターン(や、他の色々な金融商品のリスクリターン)とあなたの会社の株式を比べると、5%程度のリターンが期待できないと投資家Aさんはあなたの会社の株式を買いたいとは思わない。
以上により、Aさんは、あなたの会社の資本コストは5%と定める。

②その資本コストを使って理論株価を計算(バリュエーション)・・・
投資家Aさんは、あなたの会社が生み出すキャッシュフローを、自ら定めた資本コスト5%を使って割り引くことで「資本コストが5%であるときの株価」を計算する。
その具体的な計算方法はいくつかあって、
  • DDM・・・将来もたらされる配当を、資本コストで割り引くことで株価とする
      
  • DCF・・・配当のみならず内部留保も考慮すべく、その会社が将来にわたり生み出すフリーキャッシュフローを、借入コストと資本コストの加重平均であるWACCで割り引くことで株価とする
      
  • IRR・・・配当および売却時の予想回収額をひとつの数直線上に並べてIRRを計算し、計算されたIRRと資本コストを比べることで、株価が割安かどうか考える
等が代表例。

※これは「人はこのような方法で株価評価をすべき」という規範的な議論をしているのではなく、「実際についている株価を、後講釈で説明するための理屈がこのような手法である」というもの。おそらく多くの人は、このような計算などせず、単に「1分前に値上がりしたから買う」とか「この会社はかっこいいから買う」といった素朴な判断をしているように思うが、そういった混然一体とした判断の集合体を、後講釈で整理するものが上記DDMやDCFである。
③理論株価と実際の株価を比較・・・
投資家Aさんは、上記のように「資本コスト5%のときに計算される理論株価」を計算し、その理論株価と実際の株価を比較して、割安なら投資するし、割高なら投資を行わないだろう。

たとえば、資本コスト5%のときの理論株価が500円で、実際のあなたの会社の株価が400円であれば、投資家Aさんは「株価はやがて500円になるはずであり、今の400円は割安。よって買おう」と言う判断をするだろう。

もし、あなたの会社の株価が600円だったら、投資家Aさんはあなたの会社の株式は割高であると考え、投資してくれないだろう。

以下での議論につながるポイントを書いておくと、
  • あなたの会社の株式は、株価がブレたり倒産して紙くずになるリスクがあるため、国債利回りと比べて有意にリスクが高い
      
  • そのため、投資家はそれぞれ、あなたの会社に一定の資本コストを求める。言い換えると、相当高いリターンが期待できないなら、国債やほかの金融商品を買った方がマシであると考える。
      
  • 資本コストと、あなたの会社が将来生み出す配当やキャッシュフローの予想値があれば、理論株価を計算することができる
      
  • 投資家は、理論株式に照らして今の株価が妥当であるときだけ、あなたの会社の株式を買ってくれる

「資本コストを意識して経営せよ」って、具体的にはどういうこと?

「資本コストを意識する」とは色んな意味があるのだろうが、ファイナンス的に言い換えると「資本コストを上回るリターンが期待される投資しか行わないようにする」ということ
(※正確には、加重平均資本コストすなわちWACCを上回る投資しか行わないということだが)

逆に、「資本コストを意識できていない」事例をあげると
  • 借入コストを上回るが、資本コストを下回る(=WACC未満)の投資を、「金利よりは高いからいいや」と投資してしまう
  • コスト度外視で、面白そうな投資であればなんでもやってしまう
  • 長期的な利益に直結するわけでもないのに、意味もなくシェアや目立つことを重視して資本コストに及ばないリターンの投資をしてしまう
  • 会社に余っている現預金で、絵画を買ってしまう
と言った行為は、資本コストを意識できていない。


株式は「返さなくていいお金」なんだから、資本コストなんて気にする必要はないのではないか?なぜ資本コストを意識せねばいけないのか?

→一言でいうと「株価が下がるから」。以下、説明する。

ここまでに示した通り、投資家はそれぞれあなたの会社の株式に資本コストを求め、その資本コストをもとに理論株価を計算する。

もしあなたが資本コストに鈍感な経営者であれば、資本コストをカバーしないような低いリターンの投資を無邪気にやってしまうだろう。そうすると、あなたの会社の利益はイマイチになるので、資本コストで割り引くことで計算される理論株価は下がる。

(念のためだが、あなたの会社がイマイチになっても、投資家が決める資本コストは下がらない点に注意する必要がある。資本コストはもっぱらリスク、本稿の事例でいうと「どのくらいブレるか」で決まる。そのため、リスクが変わらないなかでパフォーマンスが悪化すれば、それは割引現在価値、すなわち株価の低下としてあらわれる。)

そうすると、実際の株価が理論株価まで落ちてこないと投資家はあなたの会社の株式に手を出してくれないので、市場メカニズムによりやがてあなたの会社の株価は下がるだろう。つまり、投資家が求める資本コストが変わらない以上、低パフォーマンスはもっぱら株価下落という形になって表れるのだ


資本コストを意識しないと、株価が下がることはわかった。でも、「お金を返せない」という借入コストの切実さと比べると「株価が下がる」ってやや迂遠。というか、株価が下がって何がまずいの?

この辺からだんだんコーポレートファイナンスのやや根源的な世界に立ち入ることになる。完璧なコメントは難しいが、ヒントになると思われるコメントをいくつか書いてみるので、考えてみてほしい。

  • あなたはさておき、あなたの会社の株主は困る。会社は株主のものではないか?
      
  • あなたは経営者であり、株主の代わりに株主利益を最大化させることが仕事ではないか?株価が下がったらまずいと思う「べきではないか」?
      
  • 株価が下がれば、あなたはクビになる、またはそのプレッシャーにさらされる。
      
  • あなた自身、会社の株式やストックオプションを保有しており、株価が下がると経済的に困る。
      
あるいは、ちょっと規範論に踏み込むと、以下のような言い方もできる。
  • 株主は、経営者がちゃんと「株価が下がると経営者も困る」ような設計を通じてインセンティブアラインメントを行うべき。そのための方策がストックオプションや株式報酬だったり、株価が下がったときにきちんと議決権行使すること。
      
  • あなたが経営者のとき、株価が下がることに危機感を抱かないなど言語道断。
    ※時間軸をちゃんと分ければ、短期的な騰落に一喜一憂する必要はない、という話とは特に矛盾しない。


まとめ

  • 借入コストは、負担するのは会社自体。会社の稼ぎからコストが支払われる。

    借入コストへの意識が甘いと、金利より低い収益率の投資をやってしまう。その結果、金利の支払ができず、会社が倒産してしまう。そうすると、株主も経営者も、とても困る。
      
  • 資本コストは、負担するのは主に他の株主であり、配当やキャピタルゲインからコストが賄われる。会社が全て負担しなくていい点において、確かに金利とは少し性格が異なる。

    資本コストへの意識が甘いと、資本コストを賄えないような低採算の投資をやってしまう。その結果、株価が下がる

    株価が下がると株主が困るのは勿論のこと、まともなガバナンス構造の会社であれば、経営者も困ることになる。あるいは、株主は、株価が下がると経営者も困るような仕組みを作るべき。
      
  • 株価を下げないためには、経営者は、資本コストより高いリターンが期待できる投資を行う必要がある
     
返済義務は生じないし、倒産もしない点において資本コストはわかりづらいが、上記のようなやや遠回りのアプローチで考えると、ある程度は手触り感をもって「資本コストを意識しないといけない理由」が実感できるのではないだろうか。

Reference

マッキンゼーバリュエーション・・・ROICについて解説が豊富