2018-11-02

マーケティング思考とカスタマーファースト

先日読んだ、元USJの森岡氏の書籍が面白かったので、関連して思っていることを備忘まで書いてみる。

『マーケティングとは「組織革命」である』



この本は、マーケティング思考の重要性を説きつつ、その発想を組織論や意思決定やチームマネジメントに活用するためのヒントを記した書籍。

この本は、日本の一般的な企業やサラリーマンがマーケティングを理解するのに非常に適していると感じた。というのは、マーケティングは大別すると

(1) マーケティング的思考法・・・顧客や市場をベースとして考える思考法全般。



(2) マーケティングの道具箱・・・マーケティングリサーチの方法とか、消費者心理の傾向とか、ブランディングのコツといった、マーケターが身に着けておくべきスキル全般。

とに分解できる。

多くのマーケティング書籍が(2)に傾斜しがちで、それゆえマーケター以外には用事がない内容になってしまっているところ、本書はかなり大胆に(1)に傾斜している。

加えて、(1)の発想をジェネラルマネジメントにつなげる観点で、組織論や意思決定をマーケティング思考をもとに再構築するやり方について解説しており、マーケターではない一般的ビジネスパーソンがマーケティングを必要な分だけ学ぶのに最適化されている書籍であると言える。


Step 1:マーケティング思考を身に着けよう

この本の中でも言及されているが、ものすごく雑にまとめると、一般的なサラリーマン(=マーケターでない人)が理解すべきマーケティングに関する最大のポイントは

顧客や市場を踏まえて、戦略を組み立てよう
(中からではなく、外から語る)

という話に尽きるのではないかと思っている。これを本稿ではマーケティング思考と呼びたい。

※なお、マーケティング思考の他のコアとして挙げられるのは
・複数の視座を持つ
・自分がもった独自の視座を、きちんと言語化すること
・内向きの話に終始しない
といったあたり。

SWOTとか、4Pとか、LTVとか、広告戦略とか、マーケティングと聞くとその手のトピックを思い浮かべる。

しかし、これらは全て枝葉であり、枝葉の話を始めてしまうと、途端にマーケティングがとっつきづらくなってしまう。

そういった枝葉より手前まで掘り下げて、顧客や市場を踏まえようという根幹的発想にまで立ち返れば、マーケティングが途端にとっつきやすくなる。そうなれば、回りまわって、各種コンセプトの意味合いも理解しやすくなる。

マーケティング思考を自分なりに数式化すると、

・max 自社利益
・subject to:顧客/市場

となる。

ポイントは2行目。

多くの企業や組織が、ついつい1行目の効用関数(利益関数)最大化だけ意識してしまいがち。しかし、2行目、顧客や市場を外部要因、あるいは制約条件としてきちんと踏まえるというのが、マーケティング思考。

たとえば、開発者がほれ込んだ製品を単に販売するよりは、顧客ニーズを理解しつつ、複数ある開発品の中からもっとも顧客受けしそうな製品を販売したほうが一般的には売上や利益は高まるだろう。

マーケティング思考の観点からは、自己本位で戦略を立ててしまっていないか?
というのが、自問自答すべきキークエスチョンとなるだろう。

Step 2: マーケティング思考とカスタマーファーストを混同しない


このようなマーケティング思考だが、ありがちな罠として、顧客を意識しすぎるというものがある。

たとえば、あなたが社長だったとして、従業員が
  • マーケティング的観点にたてば、顧客の満足度を最大化すべきだ。それゆえ、原価という自己都合の要素を無視して、定価の9割オフで販売したところ、お客様に喜んでもらえました
      
  • 顧客の利益が大事なので、本来3%くらいとるべき住宅ローンを無利子で提供することにしました。これにより顧客の利益は最大化されました
などといってきたとき、どのような感想を抱くだろうか。「確かにマーケティングの観点からは正しい」などと鷹揚なことを言えるだろうか?

上記のような事例は、典型的なマーケティング思考の取り違えであると言える。数式でいうと、これは、本来

・max 自社利益
・s.t. 顧客

とすべきところ、

・max 顧客利益

と、自社利益そっちのけで顧客利益を最大化してしまっていることに他ならない。

マーケティング思考の暗黙の大前提として、顧客を意識するのは自社利益最大化のためであるというものがあるが、この前提を理解できていない人が多い。

往々にして、表面的な理解のもと、顧客の利益になることをすることが絶対的に正しいと誤解し、自社利益を損なうことを無邪気に行ってしまう。これがマーケティング思考の取り違え。

筆者の観察では、カスタマーファーストという言葉を使う人の70%は、この取り違えをしており、自社利益最大化のために顧客を大事にしようという意味ではなくとにかく顧客が喜ぶのが一番という意味で使っている人が多い。

(その一因として、自社利益と殆ど連動していない業績非連動型・フラット報酬があげられる。儲かっても儲からなくても給料が変わらない場合、従業員はときに「稼がないとまずい」という発想を忘れてしまい、目の前の顧客の笑顔のためなら会社の価値を損ねてもいいと暗黙に思ってしまう)

この観点から立てるべきキークエスチョンは
  • そのマーケティング思考、自社利益への観点は抜け落ちていないか?
  • 誤ったカスタマーファーストに陥っていないか?
といったあたりになろうかと思う。

カスタマーファーストを許す組織設計


とはいえ、読者の多くも、カスタマーファーストは一般的には良い話であり、これを否定することに抵抗感を覚えるのではないだろうか。

また、現場のスタッフがカスタマーファースト的発想をまったくもたず「いかに顧客から搾取するか」と考えるようだと、おそらくその企業の未来は暗い。

なので、マネジメントレベルでの実務的指針としては、自社利益そっちのけで顧客利益最大化に走ることを抑制しつつも、スタッフが顧客利益に配慮するよう促すことが重要になろう。

そのためのアイデアとしては以下のようなものが挙げられる。

マーケティング思考と顧客利益最大化思考を区別するよう教える

経営・組織上の問題のほとんどは、そこに内在する構造やトレードオフの理解・可視化ができれば7割解決する。

企業と顧客の間でゼロサムゲームになる要素については、スタッフの裁量を認めない

現場に価格裁量を与えないと、コンフリクトを大きくしたり小さくしたりということをそもそもできなくなるので、その限りにおいてはスタッフには「思う存分顧客の利益を追求してよい」と言っても弊害が小さくなるだろう。

報酬制度にインセンティブの傾斜をつける

企業の利益とスタッフ個人の利益が連動するようになれば、「企業そっちのけ」となる可能性は低減する。

気を付けるべきポイントとして、目先の報酬のみならず、長期的な出世についても、きちんと企業利益への意識を求めるべきかと思う。

よくあるパターンとして「大型の目立つ案件をやった人が出世するが、実はその案件は派手な裏で大幅値引きを背景に成立しており、実は自社利益を棄損していた」ということがありえる。

それゆえ「派手な成果を挙げた人が、印象論で出世してしまう」という慣行が横行していると、どれだけ成果連動型の報酬体系を用意しても、結局マーケティング思考が踏みにじられるリスクがある。