2018-11-24

「中央銀行」から学ぶ、意思決定者との付き合い方のコツ

まとまった休暇を確保できたので、積読状態だった白川前総裁の回顧録(?)を読んでいる。

まずは何より、日本の金融・経済を理解するモノサシを得るという点において非常に有用(分厚いけど、これを読んで初めて「ああ、あれってこういうことだったのか」と腑に落ちるポイント数多し)。

前回の教科書と異なり
  • 事例ベースなので、ケーススタディ的に読めて、前回の教科書より頭に入りやすい
      
  • 一般論というよりも白川氏の具体的なポジションを取った意見が示されているので、良くも悪くも印象に残りやすい
      
  • 実務レベルの話が細かく記されており、面白い
     
といった点において、数段面白い。メルカリで教科書を売ってしまったことを後悔してしまう。

本書を経済書として批評、日本経済とは別のところで、このブログを通底する「意思決定」という観点、特に「意思決定者との付き合い方」という観点において興味深い点があったので備忘まで残しておきたい。

意思決定者との付き合い方(1):相手に届いてナンボ

中央銀行」の特徴として、「理屈の考案」と「理屈のデリバリー」がきちんと区別されて述べられている点が挙げられる。

これは「サブ」と「ロジ」などとも言い換えられるものだが、たとえば

  • 現状を分析すると、Aという理論が理由として考えられる
      
  • しかし、当時の状況のなかで、情報発信を頑張ったものの、Aを関係者に理解させることができず、結果として思うような結果を達成できなかった
      
  • これを今振り返って反省すると、やはり・・・
      
といった感じで、どれほどの正論であっても、相手に届いてナンボという実務的な視座が本書を通底している。これは、同時期に出た元副総裁の書籍からは殆どそのエッセンスが感じられないポイントであり、実務家と、悪い意味での学者の違いを如実に示しているように思われた。

白川日銀は、結果としてその意見を思うように通すことに失敗していることが多いので、本書は意思決定の観点では決して「成功体験の自慢」ではなく、むしろ「敗軍の将兵を語る」のようなところがある。

しかし、失敗が多いからこそ、読者は「正論を発見できているのに、それを伝えきれない」というフラストレーションを追体験することができる。

すなわち、上記のような理論とそのデリバリーを区別した議論が徹底されている結果、本書を読めば多くの読者は、意思決定者との付き合い方における要諦のひとつである「届けるところまで気を配ってナンボ、伝わらない正論は屁のツッパリにもならない」という教訓を自然な形で学ぶことができるように思われる。


意思決定者との付き合い方(2):「良い判断」より「楽したい」


本書で繰り返し示唆されるストーリーとして「政治家や、経営者が、自分のやるべきことに取り組むことに抵抗感があり、一種の逃げ道として金融緩和を要請した」という話がある。すなわち、人口問題や成長力改善等、もっとやるべきことはあるはずなのに、それらをそっちのけにして金融緩和を求める議論は、論点を糊塗するので望ましくないのではないか、という議論。

日銀ビューのようなところがあるので、内容をうのみにするのは少し危険かもしれないが、このストーリーの構造だけ取り出してみると、意思決定におけるエッセンスの一つが含まれており興味深い。すなわち、意思決定者の「楽したい」バイアスだ。


カーネマンの「ファストスロー」でも「システム1」として語られている話と少し似た話だが、人は判断にあたっては、楽な道があるなら喜んでその道を選ぶ傾向がある。

カーネマンの「システム1」は、無意識的なバイアスを示したものだが、本書における政治家や企業の行動は、無意識的反応というよりは、「いちおう熟慮はしているが、その上で、自分が苦労しないで済む選択肢が見つかったから、その選択肢に飛びつく」という意識的行動であると言え、その点においてカーネマン的「楽したいバイアス」とは少し別の話ではある。

これは、政治家や経営者がアホというわけではなく、人間が一般的に有している意思決定上のクセであると理解しておいたほうが妥当。自分だって、たとえば、アプリや保険の約款は本来は熟読すべきと理解しつつも、「まあ、読まなくてもそこまで困らないだろう」と楽な方に流れる判断をするなど、「楽できる」ということを意識無意識に重視した判断をしてしまうことは多い。すなわち、人間はメリット・デメリットの比較衡量にあたり、「楽できること」というメリットをかなり過大評価する傾向がある。

実際、職場で、ボスが以下のような対応をしてきたことはないだろうか。これらは全て「楽したいバイアス」の表れである:
  • レファレンスマニア・・・「隣のXX課長はなんて言っていた?」などと、判断する前に他の人の意見を知りたがる
      
  • 論点ずらしの達人・・・「その問題について判断するためには、まずはXXが整理されないと判断できない」などと、判断する前に解決すべき他の問題を提示する
      
  • 評論家のつもりだったが・・・他の部署の問題であるときには元気だが、自分の部署の問題とわかると急に動きが鈍くなる


そのような傾向を踏まえると、以下のようなことが言えるかと思う。

  • (理想論)
    リーダーには、目先の「楽できること」を過大評価しすぎないような自主規律あるいは利他心があることが望ましい。平時のリーダーならまだしも、変革時のリーダーが楽な道に走りすぎると、先送りが起こってしまう。
      
  • (実務論)
    我々が付き合う意思決定者は、平均的には「楽したがり」であることを理解した上で付き合うことが有効。すなわち、あなたのボスは、基本的には、合理的な選択肢というよりは、そのボスにとって一番楽な選択肢に流されがち。

    これを「けしからん」といって嘆きたくなる気持ちはわかるが、人間一般の性質である以上嘆いていても仕方がなく、むしろボスのそういった楽な方面に流れがちな傾向を所与として作戦を考えるのが実務的。ボスの「楽したいバイアス」を利用するやり方としては、例えば以下のようなものがあげられる。
      
    • 第三者の口を借りる・・・・判断にあたり第三者意見を参考にすることで、少しでも楽をしたがるボスは多い。
      ・そのような相手と話すときには、予め、①ボスも一目置く人物であり、②自分に都合の良いコメントをしてくれそうな人を1,2名見繕って、その人たちに自分の提案にサポーティブなコメントをもらっておく。その上で、ボスと会話するときにその第三者コメントを使う。
      ・これにより、ボスが「XXさんがそう言っているのであれば」と、楽したいバイアスが発動し、簡単にYesを出してくれる可能性が高まる。
        
    • 楽であることを強調したストーリー・・・
      ・選択肢を提示するときに、「それがボスにとって、どのくらい楽であるか」という観点からの説明を強調。
      ・そうすると、ボスが楽したいバイアスを発動させて、簡単にYesを出してくれる可能性が高まる。
        
    • 外堀を埋める・・・
      ・ボスの中にも、楽したいバイアスが強い人と弱い人がいることを利用するもの。
      ・楽したいバイアスの強いボスにいきなり乗り込んでも、あの手この手で逃げられるのがオチ。それゆえ、いきなりその人と戦うことは回避し、まずは楽したいバイアスの弱い、自律心の強いボスの判断を先に仰いでしまう。
      ・それにより、残された楽したいバイアスの強いボスからすると、自分のイシュー以外は全て解決してしまった状況、すなわちこれ以上逃げられない、外堀が埋まった状況になる。
      ・そこまでいくと、よほど無能な人でない限りは、楽したいバイアスへの影響を弱め、以前よりはディシプリンの聞いた意思決定をすることができるようになっているので、その状況であれば議論がかみ合う可能性が高まる。

まとめ

  • 「中央銀行」は、金融・経済のテキストとしても素晴らしいが、意思決定のテキスト(意思決定者との付き合い方のケーススタディ)として読むとさらに面白い。
      
  • 本書から学べる意思決定上のエッセンスとしては、一例として以下が挙げられる。
    ①相手に届いてナンボ
    ②意思決定者には「楽したいバイアス」がある
      
  • 上記①②を踏まえると、あなたが仮に企画や意見を立案したときには、せっかく作った以上相手に届いてナンボであるとの意識のもと、ボスの楽したいバイアスを最大限刺激するようなやり方で作戦を練るところまで頑張ることが推奨される。
    (=企画・立案してオシマイとしない。デリバリーまでやって一人前)
    (=「楽したいバイアス」を非難しても非生産的。バイアスを利用するのが実務的)