2018-11-01

ボトルネックベース意思決定と実務

ボトルネック。製造やサービスの現場だけではなく、様々な意思決定の現場でもしばしば登場する言葉だと思う。ビジネス用語として、ほとんど空気のように定着しているとさえ思う。

あるいはTOC(Theory of Constraint:制約理論)とか、「ザ・ゴール」とか、ウィーケストリンクとか、レバレッジポイントとか、色々な言い方があるが、基本コンセプトはいずれも同じで

「一番弱いところ(ボトルネック/ウィーケストリンク/制約)を見つけて、それを最優先で解決しよう」

というもの。

そうやって聞くと当たり前過ぎるのだが、仕事で見ていても、ボトルネックアプローチは「わかっちゃいるが、できない」の典型例なのではないかというくらい、できている人は多くないように思う。

そこで本稿では、「ボトルネック思考を理解するにもかかわらず実行できない構造」のようなものを検討し、少しでも理屈と現実を近づけることができないか考えてみたい。




ボトルネック思考(TOC)

一番の原典という意味では「ザ・ゴール」になるのだと思うが、ボトルネック思考、あるいはTOCの基本フレームワークは以下のように整理される。
(注:筆者の勝手整理なので、厳密性を求める方は原典にあたるか、「TOC」等で適宜検索をお願いします)


  • システム思考:組織や物事を、複数の要素が絡み合った(Dynamic and Interdependentな)システムと捉える。

    言い換えると、各要素は独立していないと考え、要素Xをいじるときには、「Xをいじることで生じる、要素Yへの影響」を考えねばならないし、さらには「Xをいじる結果生じるYへの影響により更に生じる要素Xや要素Zへの影響」といった二次、三次の影響まで考えなければいけない。
      
  • 段階的改善フレームワーク:ボトルネック思考においては、組織や物事の改善は以下ステップを何度も何度も繰り返す(サイクルを回す)ことにより行われる。以下、たとえば、組織におけるヒト・モノ・カネということで「調理人10名、ピザ窯1台、予算1億円で、毎日大量のピザの調理を行う必要があるピザ屋の業務」という事例で例示を試みる。
     
    (1) ボトルネックの特定:店長が検討した結果、ボトルネックはピザ窯であることが判明
     
    (2) ボトルネックの活用:ピザ窯をもう一台買う前に、まずはボトルネックたるピザ窯をもっと活用できないか考える。例えば、火力を上げて1つのピザを焼くまでの所要時間を減らすとか、休憩時間のうちに可能なものは焼いておくとか。
     
    (3) 非ボトルネックをボトルネックに合わせる:ピザ窯のキャパシティがボトルネックであるなかで、スタッフ10名が今以上に頑張ったり、予算を1億円から増やしても意味がないので、ピザ窯の稼働率から逆算した業務フローにする。
     
    (4) ボトルネックのテコ入れ:(2)は、今できる範囲での小さな改善だが、この(4)は抜本的な補強。この事例であれば、ピザ窯をもう一台買えば、このレストランの全体力は改善するだろう。
     
    (5) (1)に戻る:ピザ窯を1台追加した結果、今度は「スタッフが10名では足りない」とか、「ピザ窯2台分がフル稼働するほどには、お客さんがいない」といった感じで別のボトルネックが見つかるので、新たなサイクルを回していく
以上のような発想だが、書いてあることは極めてストレート。次の章では、なぜこんなストレートなことが実践しづらいのか、検討してみたい。

ボトルネックアプローチ:「できない事情」と解決案


以下いくつか、ボトルネックアプローチを実践できない裏にある構造的要因の候補を示しつつ、それぞれの要因について解決案を書いてみたい。
事例としては、引き続き上記のピザ屋の事例を使ってみる。

そもそもボトルネック思考を理解できていない

症状・・・

  • 組織や物事をシステムとして理解できておらず、メリハリ感なく、気付いたものから順に手を付けてしまう。
  • 「ピザ窯がボトルネックである」という構造に気づけず、いたずらに従業員を増やすが、ますますアイドルタイムが増えてしまうし、人件費は増えるし・・・という状況
改善案・・・
  • ボトルネック思考を学習する

ボトルネック思考の理解が浅い、あるいは直感レベルにとどまっている

症状・・・
  • ここで用いているピザ屋の事例のような単純な事例であれば、直感で簡単にボトルネック的発想に到達できるが、直感でやってしまっているため、少し物事が複雑になると、途端にボトルネック思考を応用できなくなってしまう。
  • あるいは、「ここはボトルネック思考を使う場面だ」という発想に至れない
改善案・・・
  • 直感主義・経験主義からの脱却。やみくもに素振り100回するのではなく、毎回改善ポイントを意識しつつ素振りする。
  • 使うフレームワークを意識しながら試行し、結果を踏まえてフレームワークのあてはまりを検証し、改善されたフレームワークをさらに試行・・・というThink first+PDCAという行動・思考様式を定着させる

ボトルネックを見つける余裕がない


症状・・・

  • 自分は店長だがピザ作りに一生懸命なので、全体の様子を見てボトルネックを発見するなど、そんな余裕がない
  • スタートアップでは、CEOだろうとなんだろうと、朝から晩まで手を動かしていないと、そもそも業務が回らない。ボトルネック探し?そんな悠長なことやってられない。
原因・・・
  • ボトルネック探しに十分な時間を使えていない。優先順位第二位以降のタスクにかまけてしまっている。
  • 木を見て森を見ず。全体像を俯瞰しないとボトルネックは見えてこないのに、それぞれの要素のディティールを細かく見過ぎており、トータルでの判断ができていない。
改善案・・・
  • 「ボトルネック発見やその改善」以外に使う時間を減らす:店長は、おそらくピザを作ることよりも、ボトルネックを特定しそれを改善することに時間を割いた方が付加価値が高いのではないか(あるいは、店長がピザ作りの達人なら、別途ボトルネック発見等に長けたビジネスマネージャーを用いるのはどうか)。ボトルネック探しや意思決定といった最優先事項から比べると、それ以外のことは、極端に言えばすべて雑務であり、雑務に逃げてはいけない
      
  • ディティールに逃げない・・・多くの人が、全体を構造的にとらえてボトルネックを特定するという仕事をすべきところ、たまたま目についた個別の論点について、全体感そっちのけで深堀りを始めてしまう。たまたま見つけたシェフのシフト表を見てひとりひとりの労働状況の分析を始めてしまったり、いきなり予算の詳細分析を始めてしまい、森を見ず木を見てしまう結果、なおさらボトルネックがわからなくなってしまう。
    「ディティールを見ないと判断できない」という人は多いが、そんなことはなく、ディーティールは必要なときだけ逆引き的に少し見るくらいでちょうどよい。ディティールに逃げず、森を見るトレーニングを意図的に行う必要がある。
    例えば、本を読むとき、いきなり本文にいかず、できるだけ目次で構造をつかむようにするようなトレーニング方法がある。
        
  • 社内での信任を高める・・・これは昇進と近いコンセプトだが、「ボトルネック探しに集中する」とか「意思決定に専念する」とは、言い換えると「現場の様々な実業をほかの人に押し付ける」ということを意味する。これをしようと思うと、「この人には、ピザ作りよりも、むしろ全体の改善にフォーカスしてほしい」と皆に思ってもらう、すなわち社内での信任改善が何よりも重要になる。

非ボトルネックに手を付けずにはいられない

症状・・・
  • ボトルネックがピザ窯であるとはなんとなくわかっているが、それ以外を放置するとか、ピザ窯にあわせて従業員を休ませるという大胆な判断をする勇気がない。
  • むしろ、心配なので、ピザ窯問題もそこそこに、従業員を残業させたり、予算を増やしたりして、かえって問題を複雑にしてしまう。
  • 大きな官僚組織だと、「ピザ窯部門」以外が仕事を止めるのもやりづらいところがあり、人事部や財務部が、ピザ窯部門とは独立に、勝手に仕事をしてしまう。
改善案・・・
  • システム思考を一段深く理解する:「ボトルネックから手を付ける」という肯定文だと、コンセプトをくっきりと理解できない人もいるので、「ボトルネック以外は増強しない」と言い換えて理解する。この発想のもとでは、下手の考え休むに似たりみたいなところがあり、「非ボトルネックであるなら、頑張らないことがむしろ貢献」という発想を習得するのはどうか。
  • ボトムアップを許容しない:ピザ窯・従業員・予算という複合的なリソース問題を考えるのに、ピザ窯部長とか人事部長といったそれぞれのリソースを担う人にリードさせてはいけない。あくまで全体に責任をもつ経営者がこの判断を行うべきではないか。必要に応じて人事部長や財務部長にディティールを聞くことはあっても、彼らに企画を組み立てさせるのは、ある種自殺行為であろう。