それで、相手のことを恨めしく思ったり、「なぜかみ合わないのだろう」と忸怩たる思いをしたことはないだろうか。
このような状況は、一見すると不条理であるが、実はゲーム理論のコンセプトで説明できる。すなわちある程度合理的なものだ。
本稿では、このゲーム理論、すなわち説得のゲーム理論について簡単に紹介しつつ、自分の実務経験も少し絡めて説得が逆効果になるのはどのようなときか、それはなぜか?ということについて、雑感を書き残してみたい。
説得ゲーム(Persuasion Game)
セッティング
本書で紹介されている説得ゲームは、現実にある説得の場面を以下のような舞台設定で議論している。- プレーヤー:
- その場には、説明者と意思決定者の2人がいる。
- ルール:
- Step1: 説明者は、ある案件について、複数ある情報の中から、その一部だけを意思決定者に提供する。
- Step2: 意思決定者は、説明者から受けた情報をもとに、その案件について、承認するか棄却するか意思決定する。
- 意思決定者のキャパシティの限界:
- 説明者は情報をすべて十分理解しているが、意思決定者は説明者が有する情報の全てを知ることはできない。
- 説明者のインセンティブ:
- 説明者は、意思決定者に自分の案を承認してほしいというインセンティブを有しており、その目的達成のために戦略的に振る舞う。
- 意思決定者の発想:
- 意思決定者は、説明者に「自分の案を承認してほしい」というインセンティブがあり戦略的に情報提供してくると予想し、それに対して戦略的に振る舞う。
例:足して100ゲーム
日経書評で紹介された事例をそのまま紹介する。- あなたは雇用主であって、応募者に推薦状を2通求めていると仮定しよう。
- 各推薦状は100点満点であり、応募者は何点の推薦状を提出してもいい。
- 「2通の合計が100点を超えれば合格」と告知したものの、応募者多数で1通しか読めなくなったために、あなたは応募者に1通のみの提出を求めたとする。
- ある応募者が59点の推薦状を提出した時、もう1通の推薦状が42点以上であればこの応募者は合格となるが、その可能性はいくらだろうか。
この例が示す通り、現実の多くの場合、意思決定者は忙しい。そのため、説明者が有する全ての情報を、説明者と同じレベルで完全に把握することは費用対効果が悪すぎることが一般的。
さて、これが、雇用や他のいかなる利害もかかっていない単なる日常会話であれば、
- もう1通の推薦状が42点を超える確率は、もう一通が42点~100点の間である確率。
- すなわち、確率=59%(=(100-42+1)/100)
- よって、42点を超える確率>42点を下回る確率となるので、教授は2つの合計は100を超えるだろうと予想するだろう。
他方で、本件は説明者の雇用がかかった説得の場なので、
- 応募者には「雇用主に採用を決意してほしい」というインセンティブがある。
- それゆえ、雇用者は、応募者の「2通のうちいずれかを見せろと言われて、59点の推薦状を出した」という行為は、説得力を高く見せるためのポジショントークであると予想する。
- 雇用主はそのような予想をする場合、「2つのうちいずれか出せる状況で、59点の推薦状を提出した」ということから「もう1通は59点以下である」と推測する。
- その結果、雇用主にとって、もう1通の点数の分布は、0点以上59点以下にまで狭まる。
- 結果、42点を上回る確率はたったの30%(=(59-42+1)/59となり、雇用主は、42点を下回る可能性の方が高いと予想するだろう。
- その結果、59点の推薦状を見た雇用主は、この志願者を不合格にするだろう。
説得ゲーム:現実への応用
既存コンセプトの紹介はここまでで、ここからは自分の感想・補記等。
上で見た説得ゲームは、現実の意思決定をうまく捉えることができている。
例えば
- 意思決定者は、全ての情報にはアクセスできないなか、一部の情報だけで判断せねばならない(完全な納得は無理)
- 説明者は、「案件を通す」インセンティブがあり、説明からどうしてもポジショントーク臭が生じてしまう。
あるいは、たとえ説明者にそのつもりがなくても、意思決定者は説明者がポジショントークすると予想しがち。 - 結果として、単なる会話とポジションが絡む説得で、説明者・意思決定者のビヘイビアが変わる
というあたり。
説得ゲームのポイント:作用と反作用
このような説得ゲームのエッセンスを言い換えると、
- 説得の場で説明者が提供する情報には、どうしても反作用的なシグナル
(=ポジショントーク臭)が出てしまう
ということではないかと思う。
すなわち、
- 説明者は、情報Xを提供することで、説得にポジティブな効果P(X)を期待するが、
- 意思決定者は、ポジティブ効果P(X)を認識する一方で、「その情報Xを出すということから漏れ出る、反作用的なシグナルM(X)」を同時に感じ取り、
- 結果として、意思決定者が得る心証はP(X)(額面通り)ではなく、P(X)-M(X)、すなわち説明者の情報を割り引いて受け止めることになる。
意思決定の現場で起こりがちな罠
上記で説明した、説得のための情報P(X)と、それとセットで漏れ出てしまうネガティブシグナルM(X)をあわせて考えると、本来説得者が目指すべきは、そのネッティング後の効果
P(X)-M(X)
となる。すなわち、
- できるだけ、Pを大きくする
- できるだけ、Mを小さくする
しかし、得てして現実では、多くの人が、ポジティブ効果P(X)は意識できていても、ネガティブ効果M(X)のことに想像力を働かせることができていない。
その結果、
その結果、
- 単にP(X)の最大化だけを目指してしまい、
- ネガティブシグナルM(X)への配慮が欠けて、
- 「P(X)は高いが、P(X)-M(X)はそれほど高くない」という説明になってしまい、
- 結果として、説得が予想より不首尾に終わってしまう
と言う現象が起こりがちだ。
例えば、適当に説得力の単位「ポイント」を定義し、意思決定者は10ポイント中7ポイント以上の心証を得ればその案件を承認するとする。
このとき、以下のような「ねじれ現象」が起こりうる。
例えば、適当に説得力の単位「ポイント」を定義し、意思決定者は10ポイント中7ポイント以上の心証を得ればその案件を承認するとする。
このとき、以下のような「ねじれ現象」が起こりうる。
- 目立ちたがり屋のA君は、パンチは強いちょっと眉をひそめるような情報aを出して説得を試みた。このとき
- 情報それ自体による説得力P(a)は10ポイント稼げたが、
- 情報の出し方が悪かった結果「それ、ほんと?」「その情報は正しいかもしれないが、他に何か隠している気がする」という疑念を惹起してしまい、M(a)でマイナス5ポイントとなった
- その結果、正味の説得力は5ポイントにとどまり、承認を得られなかった
- 堅実なB君は、オーソドックスな調査bを冷静に説明することで説得を試みた。このとき
- 情報それ自体による説得力P(b)は8ポイントしかなかったが
- ネガティブシグナルは最小限にとどまり、M(b)は1ポイントに抑えられた
- その結果、正味の説得力は7ポイントとなり、無事承認を得られた
このように、説得にあたっては、「説得材料を準備する」とか「ロジックを積み重ねる」というP(X)すなわちグロスの説得力を積み重ねる準備のみならず、
それぞれの情報やプレゼン方法から漏れ出るネガティブシグナルM(X)を少しでも減らし、ネットでの説得力P(X)-M(X)を最大化することを考える必要がある。
P(X)を高める方法は、これは一般的な調査・分析・プレゼンテーションの領域に属するトピックなので本稿では省略する。
以下では、説得にあたり見落とされがちな、ネガティブシグナルの例をいくつか挙げつつ、どのような説得をすればネットでの正味説得力が最適化されるか、考えてみたい。
ネガティブシグナルの例
以下では、説得をするときに漏れ出がちなネガティブシグナルの例を経験に基づいて紹介してみる。- 都合の良い情報に傾斜した説明(チェリーピック)
- 情報のネガ/ポジのバランスが悪いと、説得の場面では却って「良いところだけ選りすぐっても、この程度」「なんか信用しづらい」という心証になってしまう。時事ネタとしては、ゴーン氏のレバノン逃亡後の記者会見などはこの類型。
- 正味の説得力改善のためには、きちんとネガティブ情報もバランスよく示すことが有効。
- あるいは、説明すべき要素をある程度固定化するようルールを定めることで、チェリーピックを機械的に困難にすることも有用。
- 過剰な情報量(盛り過ぎ)
- 説得の場でポジティブ情報を出し過ぎると、却って「嘘っぽい」「ここまであれこれ出す裏には何かあるのではないか」という心証を招いてしまう。斎〇ウィリアム氏の経歴などはこの類型。
- 正味の説得力改善のためには、ポジティブ情報を必要程度にとどめ、出し過ぎないようにすることが有効。
- 先方の説明の丸呑み
- 説明者と意思決定者の間にもプリンシパル=エージェント関係はあるが、説明者が対話している案件関係者と説明者の間にも同様に利益相反が存在する。それゆえ説明者は案件関係者から得た情報を適切にフィルタリングすべきところ、フィルタリングしないまま無邪気にもらった情報をそのまま意思決定者に紹介してしまうと、「こいつ、批判的検証能力に欠く、騙されやすいお人よしなのではないか」という印象を与えてしまう。こうなると、仮にその情報がもっともであっても、信用力が高まらないので説得力が出ない。
- 正味の説得力改善のためには、同じ情報であっても、必ず説明者が自らのフィルターにかけ、批判的検証を踏まえた説明を行うことが有効。
参考文献
説得のゲーム理論は、直接的には、ルービンシュタインの書籍を参考にしている。