2016-11-26

リーンスタートアップはいいことなのか?

よく行われる議論について、周回遅れの考察。リーンアプローチについて、その長所・短所・使い方等について少し検討してみたい。




リーン・アプローチとは

リーン(Lean)とは「無駄のない、ぜい肉のない」という意味。
「リーン・アプローチ」「リーン生産方式」「リーン・スタートアップ」など色々な言われ方があるが、ここで使われている「リーン」の意味の意訳は「小さく、機動的にものごとを進める」という感じかと思う。

いくつかの観点でリーン・アプローチを換言すると以下のようになろう。この際、リーン・アプローチの対義語と考えられる計画主義的アプローチと比較してみる。

大きく始めない。企画に時間を使う暇があれば、さっさと始めてしまう。
(⇔計画主義:企画・設計に長い時間をかける)

権限を委譲する。コンセンサス形成を待ってたら遅くなってしまう。
(⇔計画主義:関係者間の合意形成を重視)

間違えをおそれない。むしろ、どんどん間違えて、その試行錯誤を通じて誰よりも早く改善しよう
(⇔計画主義:無謬性にこだわる。間違えが起こらないように企画段階で時間をかける。間違いを黙殺してしまいがち)

冒頭の資源投入は最小限に。開始以降にどんどん軌道修正する前提で始めるので、変にリソース大量投入せず小さく始める。
(⇔計画主義:結果を確認する前の冒頭からいきなり相当量の資源投入を行う)

以下、そんなリーン・アプローチについて色々考察してみる。



リーン・アプローチの毀誉褒貶

自分が観察する限りにおいても、リーン・アプローチは称賛されたりボロクソに言われたり大忙しである。

称賛・・・
・もはや古典となっているトヨタ生産方式はまさにリーン生産方式の元祖。大野耐一氏による「トヨタ生産方式」はいまでも全く色あせることのない名著で自分も繰り返し読んでいる(→リンク
・リーン・スタートアップは書籍にもなっていてバズワード化(→リンク)。
・最近のIT系スタートアップは多かれ少なかれリーン・アプローチを導入している。大企業でも遅ればせながらリーン・アプローチを試みるところは少なくない印象。

批判・・・
・トヨタ生産方式はいろいろな企業で模倣されるが、トヨタ以外でワークしない事例多数。
・Peter Thielはその著作"Zero to One"でリーンスタートアップをやや批判的に議論(→リンク
・時たまにネット系新興企業が起こす不祥事の多くは、リーンアプローチの発想で作られており、炎上してから「直せばいいんでしょ、直せば」というスタンスが透けて見えてしまう

結局、リーン・アプローチは、21世紀における魔法のアプローチなのか、それとも「いい加減な新興企業によるいい加減な手法」なのか、我々はこれをどう理解したものなのだろうか?

自分としても、仕事のなかで比較的新規性が高い領域については、「あ、これは、真面目に取り組むなら、ある程度リーンにやらないと回らないなぁ」と思い部分的にリーン・アプローチを導入したりしているが、このとき自分が無意識にやった「この状況はリーン・アプローチが向いている」という判断の根拠はいったい何なのだろうか?

リーン・アプローチの使い方・・・時と場合による

世の中で起こっているリーン・アプローチをとる企業による炎上騒ぎとか、自分の仕事の試行錯誤を通じて考えた肌感覚として、今のところ、「結局は時と場合によるよね」という意見をもっている(文字にしてしまうと陳腐極まりないのだけど・・・)。

以下は、どういうときにリーン・アプローチが有効か?という問いに対する自分なりの答え(ただの肌感覚。検証未済)

リーン・アプローチが有効なとき:

失敗のコストが小さいとき・・・ワンミスで大打撃となるような事業については、おいそれとリーン・アプローチは使いづらい。たとえば、資金調達とか、法務リスク・レピュテーションリスクの大きな毀損につながりうる事業とか、社運をかけた規模の投資とか。そういったBig Dealまでリーンにやるのはむしろ馬鹿だと思う。

不確実性が高いとき・・・開始時点で、物事がどの方向に進むのか読みづらい場合。ある程度はシナリオプランニング等でアプリオリに対処できるが、こういうときにはリーン・アプローチが適している。

オペレーション勝負のとき・・・戦略レベルで勝負が決まってしまうようなゲームにおいては、落ち着いてじっくり企画を練って、リソース配分や優先順位について考えをまとめた方がいい場合が多い。他方、戦略レベルでは優位性発揮が難しいような競争環境であるなら、リーンにやったほうがオペレーション勝負には勝ちやすい。

ミッションレベルでメンバーが通じ合っている・・・膨大な回数の試行錯誤をやりきるためには、つまづく度に「我々はなぜこれをやっているのか?」みたいなそもそも論を議論していては回らない。ミッション=そもそも論レベルの通じ合いが、リーンな活動の屋台骨となるように思われる。

少数精鋭・・・試行錯誤という作業には、問題の認知・定義や、解決策の発見・遂行等、けっこう要求水準の高いタスクが不可避的にたくさん含まれる。それゆえ、リーン・アプローチは、上記のような知的スキルが相応に高いメンバーが少数精鋭的にやらないと回らないことが多い。

むしろ計画的にやった方がいいとき:

失敗のコストが大きいとき・・・上記の裏返し。エンジニアチームはリーンに動いているようなスタートアップでも、資金調達は慎重に行っている会社は多いのではないだろうか。あるいは、リーン的ノリでレピュテーションリスクがある事業を軽率に始めてしまい、大炎上して自社のレピュテーションを毀損する会社も散見される。

不確実性が低いとき・・・成熟産業とかで、今後の展望がある程度読めるときには、じっくり計画をねった方が良い場合が多い気がする。

戦略勝負のとき・・・オペレーション(どう戦うか)というよりも戦略(どこで戦うか)勝負のときには、100のリーンな努力に1の戦略的判断が優ってしまうことが多いのではないだろうか。まずじっくりと「どこで戦うか」を決めてからリーンにやるという組み合わせが求められるように思われる。他方、リーンにやらざるをえないような不確実だが成長期待が高い領域において、伝統的領域と同じノリで無理やりに計画主義を押し付けているような事例も散見されるので、そういうときにどう考えればよいかについては別稿で議論できればと思っている。

メンバーの質が低いとき・・・上記の裏返し。

権限移譲したくないとき・・・権限移譲なきリーン・アプローチはただの地獄なので、権限移譲する覚悟がないなら、むしろやめた方が無難。

まとめ

上記の通り、リーン・アプローチには、それが有効なときとそうでないときが分かれると思われる。

使い方次第では有効なので、ものごとを進める際には、「これはリーンにやれないだろうか?」とか「これはリーン・アプローチが使える状況だろうか」とか自問自答しつつやるのがいいのだと思う。
これだと抽象的すぎるのでやや踏み込んで言い換えると

・計画主義アプローチしか知らない人は、まずリーン・アプローチの存在を認識した上で、できる限り「計画主義でやるか?リーンにやるか?」と検討し、なんでもかんでも計画主義的にやるのではなく、TPOに応じたアプローチをとる

・リーン・アプローチに慣れている人は、上記等、自分なりに「リーンが使えるとき、使えないとき」の場合分けをした上で、なんでもかんでもリーンにやらず、TPOに応じたアプローチをとる

結局、なんだってそうだけど、リーン・アプローチも有用ではあるがSilver Bulletではない、という話に落ち着くように思われる。
MBAでの学び全般的にそうだけど、コンセプトや用語それ自体を覚えるというよりは、コンセプトに内在するメリット・デメリットや、「そのコンセプトがどういうときには有効で、どういうときには有効でない」みたいな肌感覚を理解した上で、Cool Headで冷静にコンセプトを使い分けていくことに尽きるように思われる。


おまけ:Why MBA再考

少し話が飛ぶが、よく言われる「MBAなんて実務+教科書で足りるのでは?」という問いへの答えもこの辺に一つのヒントがあると思っている。具体的には、「時と場合による」という発想を獲得できることや、「どういう時が有効か」というところまで整理できるのがいいのではないかと思っている。

・教科書ではコンセプトそれ自体は理解できるが、MBAではケーススタディをインテンシブに行うことで「こういうときは有効でない」みたいなTPOも含めて体得できる。ビジネスは他の学術領域と比較しても、コンセプト自体というよりはその使い方が大事な領域であるように思われるので、使い方のトレーニングが重要な感覚がある。

・教科書では脳みその表面にコンセプトが入るだけだが、MBAでは手と口を動かすことを強いられる結果、そのコンセプトが脳みその表面というよりは体にしみついて忘れづらい。

・実務では文脈スペシフィックな事例を通じた応用問題から学ぶことになり、その後よほど努力しないと我流スイングになりがち。MBAではケースを使いつつも基本・原則に立ち返るので、最後にはその論点に対する標準的なアプローチが身についている