2018-12-09

企業変革の実務:工夫しながら読めばパワフルな変革指南書に

今読んでいる、小森氏による「企業変革の実務(リンク)」、これがなかなか面白い。

著者は、ユニゾンキャピタルの投資先企業にプロ経営者として送り込まれ、ターンアラウンドマネージャーとして企業変革を実際に担った人物。

著者がマッキンゼー出身ということもあってか、非常にロジカルに、企業変革を遂行するにあたって必要となるポイントやコツについて、実務的な観点から概観している。
※「ターンアラウンド」と書くと、どうしても事業再生というニュアンスがつきまとってしまい、「ウチは業績順調だから、ターンアラウンドの用事はありません」と、低迷していない企業の人に無縁の印象を与えてしまう。
しかし、氏がやっていることは狭義の事業再生(リストラ、資産売却等)ではなく、組織の動き方を変えるまさに企業変革であり、非低迷企業にも応用できるし、参照する価値があるもの。 
そういう意味では、アリックスとかもそうなんだけど、「ターンアラウンドマネージャー」という言葉は、やや言葉が独り歩きしてしまうところがあって勿体ないのかもしれない。
本書の内容は、大雑把に要約すると、

①変革のための体制構築(マネジメントチーム構成等、変革のための土台作り)
変革それ自体
③変革の浸透、自走化(ある程度放っておいても断続的に改善が進む仕組・風土作り)

とやるべきことを3つに分け、それぞれについて、「着任前にやりたいこと」「着任後当初にやっておきたいこと」・・・と時系列で実務的ポイントについて解説されている。

以下、備忘まで印象に残ったポイントをメモしておきたい。

既存の企業変革本との対比


帯に長すぎず、襷に短すぎず


自分の解釈によれば、本書の特徴はコンセプチュアル過ぎず、かつ個別的過ぎない点にあるように思う。その結果、実務者にとって使いやすいものになっている。

企業変革に関する書籍では、自分がぱっと思いつく限りではコッターの「企業変革力」や三枝氏の「V字回復の経営」などが定番書籍として挙げられるように思う。

自分は両方とも愛読しており、面白いことは間違いないのだが、

  • 企業変革力・・・ややコンセプチュアル。実務上直面する細かな悩みまではカバーしていないことから、「言っていることはわかるが、それをどうやればいいか教えてくれよ」という感想になることがある。

    これに対して、本書は、実際の現場での苦労等を意識して、標高ゼロメートルというか、極めて実務的な視座で書かれているので、実務的に使いやすい。
      
  • V字回復の経営・・・ケーススタディ形式で、個別事例の塊なので非常にとっつきやすい。しかし、本書をエンタメではなく実務改善のためのテキストとして使おうとすると、それぞれの個別事例を読者が自分なりに咀嚼・一般化する必要があり、そのまま使うにはやや難しいところがある。

    これに対して本書は、個別事例の抽象化を筆者が行ってくれているため、読めばストレートに教訓やエッセンスを学ぶことができ、実務応用性が高い。

ただ、上記は単なるポジショニングの違いに過ぎず、絶対的な優劣を示すものではない。

具体的に言い換えると、本書は実務応用性が高い代わりに、企業変革力と比べるとコンセプトが細々としており頭に入りづらいし、V字回復の経営と比べるとストーリー感が低いので読みづらい。

要は、自らの失敗経験と比較するなど、問題意識をもって読み込めば非常に役に立つが、ふわっと流し読みするには退屈なところがある。

これは言い換えると、最近多い「立ち読みすれば足りる書籍」の真逆と言う意味なので、ある意味買う価値があるとも言える。


変革のみならず、その準備+アフターフォローも射程に


2点目の特徴は、変革への体制構築(準備)および、変革の浸透(アフターフォロー)が射程に入っていることではないかと思う。

およそどのような組織変革本でも、人選その他の体制構築に関する要素は含んでいるし、

行った変革をその場限りのものにしないような浸透に関する要素も含んでいる。

しかし、本書のように「体制構築」「浸透」を別建ての要素として区別した上で、その方法論やコツ・苦労ポイントについて明示的に議論している書籍はなかなか多くはないように思う。

想像するに、自分を含めた多くの人に、「やることはやったが、その後のアフターフォローがいい加減で、変革を浸透させられずに終わった」という失敗談を持っている人が多いのではないか。

そういった自分のような「結果として、やりっぱなし君になった苦い経験のある人」にとっては、本書は特に有益であるように思う。


対象読者はCEOやファンド関係者だけに非ず


本書は、うまく一般化してくれているとはいえ、事例やノウハウは、PEファンド投資先で行われる100日プランを念頭に置いたものとなっているので、

一般的な読者が何の準備体操もなしにスラスラ「あー、わかるわかる」と理解することは難しいように思う。

自分はたまたま同種の経験をもつので、その経験と比較しながら読むことで、少しはイメージを膨らませながら読むことができたが、

それでも基本的にCEO目線であることもあり(→自分の役割はCEOではなく、まったくの下っ端だったので、)骨は折れる。

とはいえ、本書は、ファンドやファンド投資先といった限られた関係者以外にとっても、あるいはCEO、CXO以外にとっても、汎用的に役に立つ書籍ではないかと感じている。


  • 新しくマネージャーロールに就く人・・・「会社」を「部門」に、「CEO」を「マネージャー」に頭のなかでうまく読み替えることで、本書は全社の組織変革のみならず部門やチームという単位レベルでの組織変革にも十分応用が利く内容になっている。

    もちろん、CEOとマネージャーでは権限が違うので、本書の内容のうち、やれることとやれないことが分かれてしまうのだとは思う。
     
    しかし、例えばチーム内コミュニケーションの方法論を決めることとか、監督者と運営方針について目線を合わせておくといったポイントは、ほぼパラレルに移植・活用できるように思う。

    自分も、CEOどころか相当な下っ端ではあるが、案件やプロジェクトという小さい単位ではプロジェクトマネージャー的な役割を担うことは少なからずあった。
     
    なので、「なるほど、こうしておけばよかったのか」「あのとき自分がやったことは、この点で惜しかった」等、過去の仕事の答え合わせのような作業を通じて本書の内容の咀嚼ができている気がする。
      
  • 経営企画部門のスタッフ・・・本書はCEO目線で書かれているが、変革のための体制の重要な要素として経営企画部門が定義され、その組成や活用についても議論が行われている。

    自分の見たところ、多くの会社の経営企画部門スタッフにて、計数管理/子会社管理/会議体運営等の作業に忙殺されながら、「俺、企画してないな・・・」という思いを抱えている人は多いように見受けている。

    本書を読んでも、そういった作業が減るとは思わない。しかし、経営企画部門がこのような機能を果たすことができると会社がどのくらい良くなるか、あるいは経営企画部門の本来的・理想的なミッションを理解するだけでも、色々と腹落ちするところがあるだろうし、明日からの働き方が変わるところがあるのではないかと思う。
      
  • 企業内にて、何かしらプロジェクトに従事する人・・・企業変革は、100日プラン以外においても様々な形で行われているはずだ。
     
    小さなプロジェクトから大きなプロジェクトまであるだろうが、小さいからといって方法論や航海図なしに闇雲に取り組んでいいというものではなく、本書のようなガイドブックを持っておくことは有用であろう。

おそらく、ちゃんと読むには工夫が必要


本書は、上記で述べた通り、日曜の昼下がりに寝そべりながら読むというよりは、机にかじりついて、できれば紙とペンを横に置いた状態で熟読するスタイルが適した書籍であるように思っている。
※それゆえ、これを日曜の昼下がりに寝そべりながら読んでいる自分は、「お前が言うな」ということなのだが...
そんな本書にチャレンジするのであれば、おそらく、以下に挙げるような工夫をしながら読むことが有用なのではないかと思った。

第2部から読む

著者も自らその読み方を提示しているが、たぶん一番大事なのがこれ。

本書は第1部が理論編、第2部が実践編となっている。

第1部で概観された各種コンセプトやフレームワークが、第2部において「開始前」「当初数か月」等、時間軸で区切られた上で説明されている。

理論編は、もちろん充実しており面白いのだが、どうしてもスラスラと頭に入れることが難しい。頭に入れるために必要な補助線あるいはフックが見つけづらいからだ。

そこで、まずは第2部から読み始めて、辞書逆引き的に第1部に適宜あたるというやり方で本書を読むと、そのエッセンスをより効率的に学ぶことができるように思った。

他方で、第2部を読むだけだと、ある意味マップなしに歩き回るようなもので、読み終わった後も「全体感を体得した感覚」はまだ得られないように思われるので、やはり第1部もセットで読むことが大事だろう。

経験を補助線にする

どんな小さなプロジェクトでもいいので、自ら経験した組織変革プロジェクトの記憶を思い起こしながら読むのが非常に有益だと思う。

それは100日プランである必要はなく、何かを達成するために同僚と一緒に行った活動であればなんだってかまわない。

段落ごとに「自分のときは・・・」「あのプロジェクトはうまくいかなかったが、この記述をあてはめておけば・・・」等、

漫然と読むのではなく、自らの経験をぶつけて、それとの比較をしながら読むことで、理解が格段に改善する。


ただし、そういった読み方は理解度改善の観点では有益だが、ともすれば自らの確証バイアスに取り込まれて、「当時の俺は正しかった」と自己正当化するために本書の内容を誤読するリスクが伴う。このバイアスに絡めとられると、本書の有用度はやや低下する。
 
これはMBAなんかでもよくある現象で、元コンサルの学生なんかはよく授業後に「全部知っていた」「仕事でやった」と、新しい学びそっちのけで、過去の自分の正当化や、講義内容を(得てして中途半端に)知っていたことへの自己満足にリソースを使ってしまい、「少しでも知らないところがあれば学ぶ」ということをし損ねる人が多い。経験は良い補助線にはなるが、これに頼りすぎると危険だ。 
まあ、多少はそういったバイアスにとらわれてでもなお読んでおいて損はないと思うので構わないのだけど、おそらく、企業変革プロジェクトに従事するような人は多かれ少なかれリーダーシップに近いところにいる人なんだろうから、組織変革能力もさることながら、自らの行動バイアスを自覚しておくことも大事なんだろうと思う。


最後に

かなり細かいが、
筆者がCEOとして企業変革を担ったのはどうやら3社であるようだが、A社/B社/C社と匿名化しているものの、3社しかないことや業種に違いがあることから、基本的にどの事例がどの会社のことか、全くぼやかされていないように思われた。

これは、守秘義務等ハードな観点では問題ないから書籍になっているだろうが、ちょっと違和感を感じてしまった。医者が患者の細かな病状を語るか?語るにしても、クローズドの会合ならまだしも、オープンな書籍で語るか?という観点。

例えば、A社/B社/C社というのをすべて「ある会社では」とするか、あるいは許可を取った上で都度社名を出すかしてはどうかと少し思ってしまった。まあ、自分が堅物なのかもしれないけど。