2013-02-13

責任逃れのすすめ

最近行き帰りにiPadで読んでいる"Power Negotiating"という本が面白い(→リンク)。

交渉論の総論というよりは、基礎を一通りさらった人・仕事等で交渉の経験がある程度ある人向けに、きわめて実際的なtipsを数多く伝授するという本で、読者は多くの章に「そうそう、確かに」とうなずき、残りの章に「なるほど」と納得すること請け合い。基礎スキルをすでに持っている人が技の引き出しを増やすためにはうってつけの本だと思う。
(※初心者がいきなり読むには、やや実際的過ぎる印象はあるが)

ここではその一章にある、「交渉の場に、最高責任者を投入しちゃだめ」という考え方について紹介し、自分なりに検討してみる。




「上に聞いて折り返します」戦法


交渉のとき、まあまあ納得できるポイントに到達したとき。あるいは、ちょっと納得することがまだできていないとき。いずれのときも、「ちょっと上に相談して、折り返します」とするのが有効である。

翌日とかに、「上に確認したのだが、現状案ではどうしても了承を得られない。もう一声だけ譲歩してくれたなら、了承が得られそうなのだが...」と相手に相談してみる。そうすると、得てして、相手はかんたんに譲歩してくれる。。。というのが「上に聞いて折り返します」戦法。

なお、「上」を持ちだすときは、「部長の田中さん」というような特定できる個人ではなく、「上」とか「本部」とか「取締役会」といった抽象的な機構を持ちだすとよい。というのは、「部長の田中さん」といってしまうと、「じゃあ田中さんと直接交渉するので、あなたは引っ込んでて下さい」となってしまうから。「取締役会」「本部」といった不特定多数の存在を匂わせることで、交渉相手は、自分の交渉相手が得体のしれない組織であると認識し、ついつい余計に譲歩してしまう。

あなたに権限があっても、権限がないふりをすべき

この作戦が有効であるという前提で議論するならば、仮にあなたがその交渉について権限を付与されていたとしても、決して交渉の場で即決即断してはならない。仮にあなたがその場で決定できたとしても、まずは「上に確認するので、持ち帰らせて下さい」と、作戦を実施すべきだ。

自分でも経験があるが、なまじ権限をもらってしまうと、その権限を使いたくなる誘惑は大きい。自分が決められる範囲が決められていたら、心情としては、その範囲の120%くらいまでは、ついつい自ら決めてしまいたくなる。それほどまでに、自分の意思で意思決定できるということは魅力的なのだ(少なくとも自分にとっては)。

でも、自分の権限に酔い、その場で即決即断してしまう人は、基本的にはヌルい。

自分が即決してしまうこと、あるいは即決できることを相手に明かしてしまうことは、言わば手持ちのカードを相手に見せてしまうことに等しい。得体のしれない「上」を常に背後に残しておくことのメリットを考慮せず、「僕がその件については権限もってますので」とやるのは、あなたの虚栄心は満たされるかもしれないが交渉戦術上は稚拙に過ぎる。



「日本人はその場で決められない」というのは、交渉上の作戦と割り切る

ずっと昔から、「日本人(ビジネスマン)は権限移譲が不十分であり、交渉をしてもその場で決められず、スピード感に欠ける」というステレオタイプの日本人批判がある。たぶん、このステレオタイプの作者は日本人だと個人的には思っているが。

これは、もっともらしいが、交渉相手があなたに即決即断を促すための交渉戦術上の方便だと思っておいて差し支えないと思われる。ここまで見てきた通り、即決即断は基本的には交渉上稚拙な作戦であり、ほとんど常に、即決するよりも、「持ち帰って上に確認する」方が良い結果をもたらす。すなわち、相手にとって、持ち帰られることは望ましくないことなので、持ち帰ってほしくがないために、上記のようなことを言い、「即決即断=リーダーシップ=立派」といった言説を主張することで、あなたが持ち帰らないようにしているのだ。

この場合、むしろ、
・その場に最高責任者を投入している相手方がヌルい
・こちらは、色々言われても、堂々と持ち帰る(ふりをする)ことで交渉を優位に運ぶ
ことを冷徹に遂行することが望ましい。

※もちろん、ビジネス上のプロトコルとして、本当に権限がない人を交渉に投入するのは考え物である。実質的に殆ど決めることができるような人を投入して、その人にイニシアチブをもって交渉してもらうことは極めて重要であるが、さりながら、即断はしない方が良いということ。日本の役所式の「ヒラ→中間管理職→上司→大臣」という過度にプロセスが多い折衝は、ある意味においてやはり無駄が多いと言わざるを得ないところはある。

まとめると、
・「上に確認します」は交渉上有効な戦術
・よって、即断即決はNG
・「上」が実在しようとしまいと、具体的なことを言うとそこを攻められてしまうので、「上」が何者かはごまかすか、組織・機構とすることで曖昧にする
・なまじあなたに権限があると、つい即決即断したくなってしまうが、そこは我慢
・「日本人はその場で決められないから駄目」等の言説は、あなたに即決即断を強いるためのトラップと思っておけばOK