2019-07-06

理想と現実のギャップ、と効率的市場仮説:「現場は正しい」というコンセプトについて

よく、仕事していると、

「本来はXXXであって然るべきはずなのに、現実はそうなっていない。変だなぁ」

と、現実にフラストレーションを感じることはないだろうか。

あるいは、さらに極端に

「現状は変だ!間違っている」

と憤りを感じることなどはないだろうか。

本稿では、そういった「理想と現実のギャップ」に直面したときにどう考えるのが良いか、ファイナンスの世界での有名なコンセプトである効率的市場仮説を使いながら考えてみたい。

なお、本稿は、Skin in the game (リンク)に触発されて書いている。全体を覆う世界観は、Talebを想像してもらうと理解しやすいかもしれない。

(追記)Skin in the gameの邦訳版が出たので、むしろこちらを読むことをお勧めします。
身銭を切れ 「リスクを生きる」人だけが知っている人生の本質(リンク)



2019-06-09

正論を伝えたいからこそ、正論を安易に口に出さない

この週末、『人望が集まる人の考え方』(リンク)を読んだ。

およそ仕事で対人関係をうまくマネージしようと思っている人にとって「基本のキ」的なことがうまく整理されていて参考になった。

今日はその中から、「正論を伝えたいからこそ、正論を言わない」というポイントについて、自分の感想も混ぜつつ紹介しておきたい。

2019-05-11

留学して変わった身だしなみ

最近読んだClass Act(リンク)という、これから年を取っていく社会人が理解すべき身だしなみやふるまい方に関する本。これがわりと面白かった。

これに悪乗りする形で、自分が留学やそれ以降激増した海外仕事のなかで、外国人の仕事相手や友人を見る中で「自分も、ちょっと修正しないといけないな」と身だしなみ関係で修正を図ったところがあるので、ネタ的に書き散らしてみたい。


2019-04-28

金銭報酬と非金銭報酬

4月の暇な時期に、小笹氏の『モチベーション・ドリブン(リンク)』を読んだら非常に面白かったので、備忘まで。

以下では、本書の要約をさらっと行いつつ、後半ではそれを読んで感じた自分の感想(小笹氏の意見ではなく)を書きなぐるので、小笹氏の意見と筆者の意見は分けて読んでもらいたい。

以下のうち、自分の意見を要約すると、

その重要性が増している非金銭報酬は、上司や人事部以外の人であっても提供可能である点において、あらゆる人にとって非常に重要になるというもの。

2019-03-30

言うことがコロコロ変わる人をどう理解すればいいのか?

若手の頃、やり手の上司がいたのだが、その人はとにかく言うことがコロコロ二転三転する人だった。朝令暮改、君子豹変するを地で行く人だった。

「行くぞ」と言ったと思ったら「退くぞ」と言ったり。
「チャレンジせよ」と尻を叩かれたと思ったら「慎重にやれ」と首根っこつかまれたり。

そして時を経て今、あろうことか、自分も言うことがコロコロ変わってしまっていることを自覚している。

我ながら反省することも多いのだが、他方で、そのようになってようやく「なぜ人は言うことがコロコロ変わるのか」問題について、その原因の一端をつかめた気がする

自己弁護するわけではないのだが、ダメだから二転三転するのではなく、しっかりしているからこそ二転三転することがありうるのだ。

以下、コアバリューという言葉を軸に、少し考えてみたい。


2019-03-16

「社内でしか通用しないスキル」なんて、実はほとんど存在しないのではないか?

古くはBeckerの人的資本理論に始まるが、経済学や、サラリーマン精神論において、人のスキルを汎用的なもの(ポータブルスキル)と企業に紐づいたもの(企業特殊スキル)に分けた議論がよく行われる。

最近だと、企業特殊スキルがネガティブに「社内でしか通用しないスキル」と言い換えられることが多い。

たとえば、大企業disの文脈で

「社内でしか通用しないスキルしか持たない大企業のオッサンは、ポータブルスキルがないので、会社が潰れたら路頭に迷う」

みたいな批判をするとか。

自分もこのような話を若いうちから念仏のように聞いていた。

なので、なんとなく強迫観念的に

「ポータブルスキル、ポータブルスキル」

「社外でも通用」

と、意識しながら働いてきた気がする。



しかし、最近思うのだが、

「本当に社内でしか通用しないスキル」「社外では心底使えないスキル」なんて、実は殆ど存在しないのではないだろうか?

今日はそのことについて雑文を残してみたい。

なお、本文の殆どは自分の愚行だが、議論の枕には、例えば人事と組織の経済学実践編などを踏まえている。




2019-03-09

リーンアプローチ的世界では、意思決定はそこまで重要ではないのか?・・・失敗コストの大小による


最近わりと、入口での意思決定はそこまで重要ではないという意見の影響力が高まっているように感じている。

(自分でも「アイディアではなく行動が全て」みたいなポストを書いており、その発想に賛同する部分は多い)

多くはスタートアップ的なリーンアプローチの観点から、

入口でダラダラ意思決定に時間をかけるくらいなら、とりあえず始めて、それから適宜軌道修正すればいい

というのが主張の根幹。



これは、自分を含む大企業や官公庁に所属する個人からすると、参考になる示唆であるとは思っている。自分自身、色々な事案でリーンアプローチを使っている。

ただ、リーンアプローチは参考するのはよいが、絶対視まですることは危険だ。

言い換えると、どういう時にリーンアプローチが有効で、どういうときには有効でないのか理解しておかないと、無条件にリーンアプローチを使うのは危険ということ。



今日はその辺りについて、失敗コストというコンセプトを軸に書き散らしてみたい。