2013-01-07

ベータがゼロ・ベータが負であるということ

最近読んで面白かった本のひとつに、服部氏による『実践 M&Aマネジメントがある。

非常に面白いのだが、1点、「ネガティブベータの取扱」について、少し引っかかってしまった。

本稿ではその点について、少し書き散らしてみたい。

ベータがゼロであるということ・ベータが負になるということ


本書は、その辺のバリュエーション本がすっぽり手薄にしてしまっている実務面(交渉・税務・法務・会計まわり)をカバーしており面白い。

出版がやや古く改訂もなされていないので、会計制度変更や会社法施行に対応していないのが悔やまれるが、是非改訂が期待される。

ただ、ことバリュエーションというかファイナンスまわりの話については、色々と

「たしかに現場的なのかもしれないが、いくらなんでも理論的にサポートしきれなくないかしら?」

という議論が散見され、個人的にはかなりひっかかってしまった。今日はその中のひとつについて。

同書のバリュエーションの章でこんなことが書かれていた:

  • ゼロベータはまだ「配当=国債クーポン」とすれば説明がつくが
  • ベータが負の状態というのは、株主資本コストがリスクフリーレート以下ということであり、長期的に持続可能とは言えない

自分はこの言説、特にネガティブベータのところについて、「これほんと?」という疑念を強く持っている(確信を持てるほど自信はないのだけど。。).



2つの問題意識

まず第一に、現実問題ネガティブベータ銘柄は普通に存在する。

現実を理論-しかもよりによってCAPMという「理論っぽい何か」-で否定するというアプローチは、自分としてはどうも腑に落ちない。

第二に、この議論が依拠しているCAPMも、まあ理論というほど理論でもない。

本書はCAPMを前提として議論しているが、CAPMが一種の神話みたいなものでありその正しさ(正しさの度合い)は眉唾、というか検証もムズイというか不可能というか(実績値で推定はできるが期待値は観測不可能)。


仮にCAPMが正しいとしても..


で、自分の次の疑問は、
「仮にCAPMが正しいと仮定したとしても、上記『ネガティブベータはCAPMの観点からサステナブルでない』という発想はおかしくないか?」というもの。

これについての自分の現時点での意見は以下の通り:
  • CAPMが正しいと仮定するということは、市場リスク(Systematic risk)と非市場リスク(Idiosyncratic risk)のうち、非市場リスクは分散投資によりDiverse awayできると考えるということ
  • であれば、「非市場リスクはたっぷりあるが市場リスク(=ベータ)は負」という証券があれば、そういった証券のCAPM worldにおけるリスク価格はベータ(<0)となる
  • つまり、ベータがマイナスとなる証券は存在しうるし、そういった証券のリスクをCAPMに基づきリスクフリーレートより安く評価することも「CAPMが正しいと仮定するなら正当化せざるを得ない」
  • ここでCAPMをいったん忘れるなら、そういったネガティブベータアセットはおそらく非市場リスクが相応にあるので、mean-varianceというレンズで見ればきっとリスクフリーレートよりハイリスクハイリターンのところにプロットされる
といった感じ。

実務上のインプリケーション

以上により、自分は、仮にベータがマイナスの銘柄があっても、CAPMを使うと決めたなら、機械的にリスクフリーレートより低い株主資本コストとしてしまって良いのだと考えている。

ただ、別の議論として、ベータを調整すること自体は有用と思うので、Blumeの方式に従いベータを少しだけ1に近づけるという調整はアリだと思っている。