2013-01-12

EV/EBITDA再考

おそらく学校でバリュエーションを学ぶと、ほぼ間違いなく「Compsとしては、P/Eよりも、EV/EBITDAを使うのが良い」と言われると思う。色々理由はあって、
・特別利益・特別損失による要因を排除できる(一時的要素)
・固定資産やのれんの償却費など、支出を伴わない費用の影響を排除できる(会計的要素)
・金利負担による影響を排除できる(資本構成による要素)
と、いくつかの要素を比較対象から除外することで、より精緻にApple-to-appleができるという点が挙げられる。

で、自分も実際にEV/EBITDAを愛用しているのだが、使いつつも疑問があるのでメモ。


EV/EBITDAは本当に資本構成の影響を排除できているのか


EV/EBITDA(”マルチプル”)は、
(1)EBITDAに金利が含まれていない
(2)EVがD+Eなので、DとEの構成比に影響されない
という2点において、資本構成の影響を受けないとされる。

しかし、自分の感覚では、「EV/EBITDAは、P/Eと比べると、資本構成要因から受ける影響が相対的に小さい」というのなら完全同意できるのだが「EV/EBITDAは、(絶対的に、)資本構成要因から影響がない」と言われると疑問符をつけたくなってしまう。

というのも、税金がある以上、企業価値EVは、その定義上、
EV=(無負債企業のEV)+(支払利息分のタックスシールド)
となり、右辺第二項はまさに資本構成要因(資本構成次第でブレる)であるからだ。

寡聞にして、DCF(あるいはAPV)を議論する際には「タックスシールドにより、資本構成は企業価値を変化させる」と言っておいて、比較法を議論する際には「EV/EBITDAは資本構成に影響を受けない」と言っているように思えて、自分はどうにも気持ち悪い。

そう思って、手元にある教科書(Damodaraon、McK、Arzac)の該当部分を眺めてみると、そのいずれもDCF(APV)の章では負債のタックスシールド効果に言及している一方で、比較法の章では
Damodaran(Link) EV/EBITDAは資本構成要因の影響を受けないと書いている 
McK(Link) 「厳密に言うなら、EV/EBITDAでも資本構成要因を調整した方がいいかもね」と書いている
Arzac(Link) 資本構成要因を調整「すべき」とまでは言っていないが、ひとつ項を設けて、EV/EBITDAのアンレバリングについて解説している(素晴らしい!)

と、教科書によりそれぞれそのスタンスは微妙に異なっていた。


EV/EBITDAのアンレバリング…筆者私案

Arzacはかなり緻密にその調整を行っているのだが、ここでは、自分が納得できる範囲で一番シンプルと思われる調整方法を記載しておきたい。

  1. EVを計算
       EV = 株主資本時価 + 有利子負債時価(≒負債簿価)-キャッシュ
     
  2. アンレバードEVを計算
    企業価値をAPV風に表現すると
    EV = Unlevered EV + PV (Tax Shield)とも書ける。
    いま、PV(T.S.)=税率×有利子負債残高 (”tD"と書く)なので、
    Unlevered EV = EV- tD と整理できる。
       
  3. アンレバードEVを用いて比較法を実施
    Unlevered EV / EBITDAにてマルチプルを計算し、Comps間で比較する
     
    ※ただし、赤字企業など、タックスシールドの価値が実際のところtDより小さくなってしまいそうなCompsがいれば、それは個別調整が必要

以上のような、アンレバードベースのEV/EBITDAを使うと、いよいよもって、資本構成から独立した比較ができると言えるのではないだろうか。

EV/EBITDAの分解

EV/EBITDAを複数社並べてみていると、だいたいの場合、「企業ごとにずいぶんとずれてて、比較が難しいなぁ」という感想を抱く。あるいは、その差を上司に説明せねばならないこともあるだろう。

普段は、めんどくさいので、EV/EBITDAとEV=FCF/(r-g)を連関させて、その変動のすべてを成長率gのせいにするだけでお茶を濁すことが多い。

しかし、一応、EV/EBITDAはちょっとだけ分解できるので、Damodaran方式に従い分解してみる。
  1. まずEVから始める。
    EV=FCF/(r-g).
    ※当期のEBITDAをマルチプル計算で用いるのと同じロジックに従い、本来は期待値を使うべきところ、簡便的に当期実績FCFを用いる。すなわち、ここにやや論理的矛盾がある点には要留意。
     
  2. FCF = EBIT(1-t) +DA - Capex - 運転資金増加
    ≡ EBITDA(1-t) -DA(1-t) - 再投資

    ※再投資≡(CAPEX-DA)+運転資金増加 = Net CAPEX + 運転資金増
     
  3. EV/EBITDA = FCF/(r-g) /EBITDAゆえ、2.で変形したFCFをEBITDA(r-g)で割ると、
    EV/EBITDA = {(1-t)-(1-t)(DA/EBITDA) - (再投資/EBITDA)}/(r-g)
となる。

これにより、EV/EBITDAの大小に影響するファクターを以下のように整理できる:
  1. 税率tが高いと、マルチプルは低下する
    →高税率国の企業と低税率国の企業のマルチプルに差が出るのは当たり前。

     ※赤字企業やNOLを抱える企業を除いては限界税率で一律なので、同一国内の黒字企業間比較であれば、税率は論点にならない
     
  2. DAのEBITDAマージンが高い、すなわちEBITDAのより多くを本業からの当期収益というよりも過去の投資の減価償却により稼いでいる企業は、マルチプルが低い
     
  3. 再投資のEBITDAマージンが高いとマルチプルは低下する。すなわち、運転資金をより必要とする企業や、ネット設備投資額が大きくなる企業はマルチプルが弱く出る
     
  4. 割引率r、すなわちWACCが高いとマルチプルは低く出る。CAPMを仮定し、同一国内での比較をするなら、要はベータを比較すればよいことになる。
    ※これは資本構成がマルチプルに影響するということであり、しかも上述の私案アンレバードマルチプルでも排除できていないのが悩ましい
     
  5. 成長率gが高いとマルチプルは高く出る
ということで、仮に比較対象のY社のEV/EBITDAが高かったのにX社のマルチプルが低いときは、もちろん成長率に差がある可能性はあるが、それ以外にもいろいろと要員があることは留意しておくべきだろう。

Reference


Arzacの企業価値評価教科書(Link)・・・バリュエーションを「最低限のことはできるようにする」というレベルから「人に教えられるようにする」「金を稼げるレベルにする」ために求められる中級知識がふんだんに詰まっており、有用。