・借入能力を決めるのは誰かについて検討する。
・借入能力を定める指標にはどのようなものがあるか
・そういった指標はどのように決まるか
借入能力を決めるのは誰か…状況による
借入能力の主要ドライバーは、当然といえば当然なのだが、借り手に財務上の余裕があるときと余裕がないときで異なる。すなわち、- 余裕があるとき:借入能力=借り手が決める「財務戦略」:
当面はコベナンツを気にせず負債調達できるような財務上の余裕がある企業の場合、貸し手は「まだまだ、当分はいくらでも貸せますよ」という状況。
こういう場合は、「自己資本比率50%は維持したい」とか「倒産確率は0.01%までなら許容できる」とか、そういった企業自身の財務戦略がそのまま借入能力に帰着する。
すなわち、この場合の「借入能力」とは、「どのくらいまでなら財務リスクを取れるか」という借り手の気持ちひとつである。
※なお、「どのくらい投資したいか」という投資意欲あるいは借入意欲は、当然ながら借入上限とは別。「借入意欲はあるのに借入余力がない」というのと「借入余力はあるが借入意欲はない」というのは大違い。
- 余裕がないとき:借入能力=貸し手が決める「貸付条件」:急成長企業・LBO案件・再生案件などでは、企業は借りられるだけ借りることで、必要資金の確保・レバレッジによるリターン最大化・生き残りなどを模索する。
こういう場合は、「DXCR1.3が限度」とか「EBITDA倍率5倍までね」とか、貸し手の与信判断が借入能力に帰着する。
すなわち、この場合の「借入能力」とは、「どのくらいまでなら与信リスクを取れるか」という貸し手の意思決定である。
借入能力の指標
借入能力を測定したり、限度を設定するために利用される指標には主に以下のようなものがある:
- DSCR (Debt Service Coverage Ratio):特に、元利均等返済だと、キャッシュフローが安定していればDSCRが安定する。
- ICR (Interest Coverage Ratio):EBITベースのものが多いように思われるが、EBITDAベースのものも散見される。
なぜ減価償却費を足し戻さずにEBITで評価するかと不思議に思ったこともあったが、「現状維持のためには、最低限、維持改修のための設備投資は必須。減価償却費によるキャッシュインフローは維持改修のための設備投資に充てるという整理のもと、かかるキャッシュインフローを考慮しないEBITと利払を比較した方が適切」という発想。
- レバレッジ(D/E, D/A):「負債比率」「Financial leverage」「Debt ratio」等色々な言い方をするけど、D/EとD/Aでけっこう定義はバラバラな気がする。
- 自己資本比率(E/A)
- 最終黒字確保
- 年限:「5年で返済できる金額しか貸さない」というやり方も
- LTV(特に不動産ファイナンスで)
- EBITDA multiple(特にM&Aファイナンスで):これをレバレッジレシオと呼ぶことも
通常は、この中の複数が同時に用いられて、「年限7年。最終黒字確保、EBITDA比率4以上、ICR4以上、DSCR1.02以上、これらを一つでもBreachしたらアウト」みたいな形で借入条件が設定されるので、それらを満たす範囲で最大の借入可能額を計算していくことになる。
指標決定のメカニズム…借り手主体のモデル、貸し手主体のモデル
DSCRやICRによって借入能力が決められるが、では、そのDSCRやICRはどのようなロジックで決まっているのだろうか。DSCR1.05ならよくて1.02なら駄目という理屈はいったいどのようなものなのだろうか。
Arzacの教科書(→ リンク) をもとに、借り手主体のモデル・貸し手主体のモデルそれぞれについて一例を挙げてみる:
Arzacの教科書(→ リンク) をもとに、借り手主体のモデル・貸し手主体のモデルそれぞれについて一例を挙げてみる:
- 借り手主体のモデル…ICRの例
- 成長率gを、平均g*、標準偏差σの正規分布に従い動く確率変数と仮定する
- このとき、翌期の予想EBITは g×(当期EBIT)であり、これはgの変動に伴い変動する
- 企業は「許容できるデフォルト確率」を設定する。たとえば、倒産確率0.01%までは許容するとか。なお、これは、「許容する最大限の財務リスク」を決定することと同義。
- 翌期の負債返済後のキャッシュフローは予想EBIT-元利返済額、すなわち
g (EBIT) -(金利+元本)と書けて、これもgが確率変数なので確率変数。 - 企業は、この返済後キャッシュフローが負となる(すなわち、デフォルトする)確率を、さきほど定めた0.01%になるような状況を、正規分布表を使って求める。
- 倒産確率が0.01%になるようなg(min)が定まる。これにより、翌期EBITが
g(min)(EBIT)
で決まり、ICRが
g(min)(EBIT)/rD
と決まる。 - 以上により、企業が「許容倒産確率0.01%」と財務戦略を立てたことに伴い、ICRがg(min)(EBIT)/rDと決まる。
→このモデルにより、許容できる最大のICRを設定できたり、現在企業が発表しているガイドラインICRから逆算して企業がどの程度の倒産確率を覚悟しているか推定できたりする。→ただし、gの平均・標準偏差の予想など実務上難しいポイントは少なくない。仮に平均・標準偏差を推定できたのであればワークするのだが。
- 貸し手主体のモデル…LBOモデル
- スプレッドシートを用意する
- 貸し手により、年限、金利が設定される
- 対象会社とスポンサーで、スプレッドシートに、借入額の暫定値を入力
- その結果、毎期の利払額が金利×各期の残高で決まる
- 対象会社及びスポンサーにてプロジェクションを用意し、毎期のFCFを推計する。
※なお、LBOなので、FCFは全て負債返済に充当されるとする - 5年間におけるFCF合計値が、この状況における借入可能額となる。
- プロセス3.で入力した借入額が等しくなるように循環計算機能をONにする
※借入額暫定→毎期の金利が仮決定→借入可能額が仮決定→借入額入力値を変更→金利が変わる→借入可能額が変わる→...という循環計算が行われて、最終的には入力値=借入可能額と最適化される - 負債額、金利、支払額等が固まったので、DSCRやICRなどが設定できる
→一言で言うと、借入可能額はf(年限、金利、プロジェクション).借入可能額が金利に影響したりするので全体的に変数間の関係は循環的になる
→外生変数であったICRを内生化する試みであるが、依然として年限は外生的に決まってしまっている
こういったモデルを使うことで、多かれ少なかれ借入能力を決める指標を内生的に導出できるが、とはいえこの手の話は実務上はアートとして、他の条件も勘案して総合的に判断されていくのだが。。