2013-01-11

ポストCAPMを狙うモデル達

CAPM

CAPM. 誰もがその限界を多かれ少なかれ理解しつつも、結局DCFの実務ではいまだにデファクトスタンダードとなっている(※)。

CAPMで問題になることの一つが、
「ベータだけではリターンの動きを説明しきれないじゃないか」
「その結果、CAPMでは、真の資本コストを過小評価(過大評価)してしまうのではないか」 
 という問題。その問題への回答となりうるモデルがいくつも提唱されているが、ここではその中で特に2つほど、実務に耐えそうなものを検証してみたい。なお、ベースとなる議論は、Arzac(2005)(→リンク)に詳しい。

※ デファクトスタンダードになっているかどうかという点については、Bruner et al. (1998)(→Link)とか参照




(1)Size-premiumを考慮した拡張CAPM


CAPMは回帰モデル
(X社の収益率)=Rf + β (MRP) + ε
で推計される。
※Rfはリスクフリーレート、MRPはマーケットリスクプレミアム、εは誤差項


実務において、X社の株式の収益率、Rf、βは観測できる。そしてMRPをひとつの値に仮定すれば、①X社株式のリターンと②CAPMにより推計されるX社株式のリターンを比較することができる。

で、この比較を、USにおいて企業の規模別に行ったらどのようなことが確認されたかというと、

  • 大企業では①-②が殆どゼロとなる。
    →すなわち、CAPMで比較的うまく個別企業の株式リターンを説明できている。
  • 他方、企業規模が小さくなると、①-②が正の値をとるようになる。
    その誤差は、企業規模が小さくなればなるほど大きくなる。
と言う結果が確認されている。

この結果をもとに、
「規模が小さい企業については、CAPMにおける推計の他に、規模プレミアム(Size premium)を加算しないとリスクの値段を正当に評価できない」
というのがSize premiumの発想。
※なお、「小型株のリターンの方が大型株のリターンより大きい」というのはSmall stock premiumというまた別の議論で、これはCAPMとか関係なしに単に小型株のリターンと大型株のリターンを比較しているだけのもの。

これを実務で使おうとすると、たぶんこんな感じ:
  1. BloombergやSPEEDAから、リスクフリーレート、βを入手。
  2. MRPを仮定。
  3. 以上によりCAPMベースのR(e)が推計される
    ここまでは普通のCAPMであり、ここからがSize premiumの出番:
  4. 企業の時価総額を入手。
  5. Morningstarにて、10分位ごとのSize premium表を参照する。
    →この表では、「このサイズの企業に課すべきSize premiumは2.79%」みたいな表が載っているらしい
  6. プロセス3までで求めたCAPMに、5で求めた規模プレミアムを加算
  7. βだけで捕捉できていない要素の一部をうまく補足した、より適切なR(e)の出来上がり
これを実務的な観点で評価すると、
  • 長所:
    • CAPMで拾いきれていない部分をピックアップでき、これにより中小企業のリスクを過小評価する懸念を低下できる。
    • CAPMの拡張であり、別モデルではない。すなわち、同じβを使える。
      ※後述する3-factor modelに出てくるβは、別の数字になる
  • 短所:
    •  Morningstarの10分位表が有料(滝汗)
    • この表の結果は、USの株式市場のデータであり、日本企業に無邪気にあてはめてよいとは限らない
    • Size premiumという概念が人口に膾炙していない。もし自分が会社のCEOで、自分の会社を身売りしようかというときを想定する。そのとき、買い手のFAに「御社の資本コストについては、規模プレミアムを考慮してCAPMに3%追加しておきました」とか言われても、やっぱり納得できないよなぁ。
ということで、そのコンセプトや良しだが、ちょっと実務では使いづらいかなぁという感想。
「中堅企業は2%、中小企業は4%ほど、CAPMベースの株式資本コストに加算調整する」というようなエイヤー調整の方がまたワークするかもしれないな。。


(2)Fama-French 3-factor model

有名なアレ。
上記Size premiumモデルが
「βだけではややしんどいが、彼はいい仕事をしている。彼ひとりの体制を維持しつつも、彼だけでは捌ききれない部分は別途丁寧に拾おうぜ」
という発想であるのに対して、この3-factor modelは
「βひとりには任せてられない。SMBとかHMLとかも使っちゃおうぜ」
と言う発想。モデルとしては
(X社の収益率)=Rf + β1 (MRP) + β2(HML)+β3(SMB)+ ε
と、要は変数をβ一つから三つに増やすというもの。CAPMよりはあてはまりが良いことが知られている。

個人的には、「あてはまりがいいなら、実務でも使っちゃえばよくね?」とか思っているが、M&A関連のバリュエーション実務においてCAPMの代わりに3Fを使う動きというのは殆ど聞いたことがない。MBAの授業でも勿論3Fは出てきたが、「ま、あくまでご参考まで」という感じであったし。その理由は「3Fは複雑だから」「理論的裏付けに乏しいから」とかなのかもしれないけど、いまひとつ腑には落ちていない。仮に複雑でも、有用性が真に認められていれば、βを出すのと同じノリで、情報ベンダが計算すればいいと思うのだがどうなんだろう?


ということで、結局、CAPMを明日からも使います。。